法哲学

山本太郎の「自己責任」否定論を井上達夫が猛烈批判

山本太郎の「自己責任」否定論を井上達夫が猛烈批判

法哲学者の井上達夫(東京大学名誉教授)が、昨日のツイキャス(シアターセブン)で、山本太郎を猛烈に批判していました。 選挙の話題から、司会の今井一(ジャーナリスト)が、 「私のまわりには、山本太郎に任せれば万事うまく行く、という人がたくさんいる。これは、安倍晋三に任せればうまく行く、というのと同じではないか」 と水を向けると、井上は、 「山本が今は財政出動が必要だと言うのは正しいが、それと、財政赤字は関係ない、通貨発行権があればジャブジャブ金を使える、という話は別だ。山

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メモ『職場のハラスメント なぜ起こり、どう対処すべきか 』

メモ『職場のハラスメント なぜ起こり、どう対処すべきか 』

大和田敢太(2018)『職場のハラスメント なぜ起こり、どう対処すべきか』 中公新書 本書の内容については、筆者へのインタビューが公開されている。本インタビューでもポイントとして挙げられているように、ハラスメントを包括的に定義しようという試みが特徴的である。それゆえに、ハラスメントとして取り上げられる事例も豊富なものになっており、それが本書の魅力となっている。  筆者の分析では、日本の議論状況では包括的なハラスメントの概念規定がないまま、ハラスメント概念が細分化している。

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哲学者って素敵じゃん?

哲学者って素敵じゃん?

今期、一番の特大ホームランである「法哲学」の授業。 私は、法も哲学もかじったことがないが、毎回が楽しみで仕方ない。(ちなみにまだ2回目。) 色々な人の頭の中を覗き込む面白さ、そして「ここは大きな問いをぐるぐる考えてもいい場所なんだ…」という、守られたような安心感。 おまけに先生の解説も分かりやすい。 法、哲学、って手の届かないような感覚がしてしまうのに、身近に感じさせてくれる。 *** そんな法哲学の先生が、ある授業回でこんなことを言っていた。 「この部分について

マイケル・スロート「行為者基底的な徳倫理学」

マイケル・スロート「行為者基底的な徳倫理学」

現在倫理学基本論文集Ⅲ 第四章 行為者基底的な徳倫理学[マイケル・スロート](相松慎也訳) 1 行為者基底的な徳倫理学と行為者中心的な徳倫理学行為者規定的な徳倫理学理論において、行為の道徳的ないし倫理的な身分は、動機・性格特性・個人に対する独立的かつ根本的で(義務論的でなく)徳論的な倫理的評価から単に発生するものと見なされる。(183) 2 行為者を基底とすることに対する二つの反論 反論1:正しいことをすることと、正しい理由で正しいことをすることの区別が消滅する 応答:消

〈男女を平等な存在として扱うこと〉と〈男女を等しく扱うこと〉を区別しよう

〈男女を平等な存在として扱うこと〉と〈男女を等しく扱うこと〉を区別しよう

 この記事の目的は男女平等を「平等」の概念に着目して考えることである。この記事は次のように進む。ⅠとⅡでは、平等をめぐるドゥオーキンの議論の一部を参照する。Ⅲでは、それをふまえて男女平等を考える。Ⅳでは、管理職の人数の男女格差とポジティヴ・アクションをとりあげる。 ※ 参考文献は記事の最後に示し、本文では著者名・刊行年・ページのみを括弧に入れて表記する。 Ⅰ.〈人々を平等な存在として扱うこと〉と〈人々を等しく扱うこと〉の区別 「平等」は政治哲学や法哲学における中心的な問題

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メモ:ラズ『自由と権利』, III義務を解放する

メモ:ラズ『自由と権利』, III義務を解放する

今回は内容のメモの中に、感想のメモも入り込んでいます。 権利を中心化し、義務をその反射として捉える見方に対して批判を加える。ラズは、権利をより基本的は福利の教説のもとに置き、その派生物として捉えるという必要と、我々の道徳ー政治生活の理解において、義務(の概念)に権利の保護や促進とは独立した中心的な役割を与えることを提案する。 1、正統理論 権利が究極的で根底的な価値であるという理論が人口に膾炙した正統理論として紹介される。ここでは、義務のその必然性は他者の権利、利益に奉仕

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メモ:ラズ『自由と権利』,VIリベラリズム・懐疑・民主制①

メモ:ラズ『自由と権利』,VIリベラリズム・懐疑・民主制①

この項は長いのですが、ひとまずは「理のある」(reasonable)と「合理的な」(rational)の区別が面白いので、そこを書くつもりで、p189〜p209までのメモです。 A 内容のメモ VIリベラリズム・懐疑・民主制 本稿での関心は個人的自由を尊重する道徳的論拠。これを単なる手続き的な道徳のみだけ擁護するのは間違っていると論じる。個人的自由を一つの積極的な価値として、自由な人格という道徳的理想の構成要素をして擁護する。 1 懐疑論の主旋律 A 懐疑論的寛容

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【夏休みの自由研究】お母さんから「よそはよそ、うちはうち」と言われたから言い返す方法をいっぱい考えてみた
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【夏休みの自由研究】お母さんから「よそはよそ、うちはうち」と言われたから言い返す方法をいっぱい考えてみた

《はじめに:調べようと思ったわけ》 突然ですが、皆さんはお父さんやお母さんから「よそはよそ、うちはうち」と言われて、何にも言えなくなった経験はないでしょうか。  この決まり文句、親たちの必殺技だと思うんだよね。だって、これを言われたら何にも文句が言えないんだもん…。言うこと聞かなかったら「じゃあ、よそに行きなさい!」なんて言われちゃうし。  僕もこの前ね、この必殺技にやられたんだ。お母さんに「iPhoneほしい」とお願いしたんだけど、すぐに「ダメ」って思いっきり反対された

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メモ:ラズ『自由と権利』,I権利を基底におく道徳

メモ:ラズ『自由と権利』,I権利を基底におく道徳

ジョセフ・ラズ『自由と道徳』の新装版が出たということで、ちまちまと読んでいます。各論文ごとに、メモをば。 なお、ラズの文章はどれも最初にその論文でやることを明示し、射程を明確にしながら進むので構造としては読みやすい。用語が独特ではあるが、その意味さえ掴めれば特に突飛なことは言わないという印象がある。 A、内容のメモ I 権利を基底におく道徳 やることとしては、権利のみを基底におく道徳は貧弱なものであるということを主張する。道徳の基底には価値も権利も義務もおかれるという

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「危ない法哲学」日常の再考手引

「危ない法哲学」日常の再考手引

あぶない法哲学 ~常識に盾突く思考のレッスン~  法哲学。読んで字のごとく「法律を哲学的な視点から再考する」という学問。  学問の中でも明確な答えのない「哲学」。  それをある種社会の「明確な答え」である法律を再考するのに使うだけで中々面白い。 専門的な法律と、とっつきにくい哲学の融合は早々に読者の心を折りそうなものだが、初心者にも解り易い表現を用いており、内容に反して非常にマイルドな読み応えでした。  当書は以下、十一章から成り立っている。  その中で、面白いと命題だ