こうして自由主義世界は終わる? 「経済的自由」が専制と化す時

そう遠くない過去に、煙草業界はひもつきの傀儡研究者と御用学者を押し立てて、煙草は癌の原因ではないと言わせ、米国医師会も公衆衛生局長官もなにもわかっていないと言わせていた。当時、煙草業界が嘘をついていると見抜く方法がひとつあった。口が動いているときは嘘をついているときだったのだ。

『「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム』

いかにもセンセーショナルなタイトルが付けられているが、本書の中のシミュレーションでは人類が滅亡することも文明が崩壊することも無い。内容は、原題と同じく西洋文明──というより西洋の自由主義思想が壊滅するという話だ、地球温暖化を放置した場合

「生成AI」とはまったく関係ない、ハズなのだが、同じくまったく関係ないハズの煙草業界が起こしたことと共通した問題が描かれている。すなわち、「顧客が求めているから」と言って経済的自由を理由に推進され、それを制限しようとする動きに対し、「"自由"を制限するというのか。お前たちは自由の敵だ」という論理で正当化が行なわれていたことだ。
冒頭で引用した『「戦争」の心理学』の著者グロスマンは米軍でkillology(殺人学)を研究(というか創始)し、アメリカ合衆国憲法修正第二条「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない」を支持する銃規制反対派だが、一方で「もっとも過激な修正第二条の擁護者でさえ……核兵器だのを個人が所有する権利を擁護したりはしないだろう」とも言い、次のようにも書いている。

銃砲業界が同じことをしたらどうなるだろう。「われわれは憲法修正第二条によって守られている。子供が銃を手に入れるのを規制するのはおかしい、それは親の務めだ」と主張したら認められるだろうか。

P.401

実際のところ、あらゆる「自由」には一定の歯止めがかけられている。現時点でも「経済的自由」は独占禁止法などで制限されている。児童労働の禁止等を定めた工場法成立以前の労働者の平均寿命が20歳未満だったイギリスは「もっとも過激な資本主義の擁護者でさえ」擁護したりはしないだろう。「表現の自由」も、法律の範囲内でのみ認められるとした大日本帝国憲法だけでなく、日本国憲法下でも「混みあった映画館で『火事だ!』と叫んで人を驚かす」ことは認められてない。

文明運営シミュレーションゲーム『Civilization IV』より

「政府による規制を少しでも認めればその範囲は次々と拡大され何の自由も無いソ連のような国になる」という保守派(アメリカは当時の圧政者であるイギリスに革命戦争を起こして作られた国であるため革命の伝統を守れと主張するのが「保守派」)のドミノ理論的主張が誤りであることは明らかだが、過去の煙草業界だけでなく現在も同様の手法が使われている(なおグロスマンは「最終的にソ連は崩壊したのだからベトナム戦争は勝った」とも主張しているが、それはいったん置いておくとして)。
基本的人権に関わるような「自由」と経済的「自由」は一緒くたにはできないどころか、煙草を規制しなければ健康が損なわれ前者が侵害される。少なくとも「精神的自由」は「経済的自由」に優越する
「規制を行なえば利益が失われ/コストがかかるから経済成長できなくなる」という主張に対しコンウェイはこう反論している。

(地震に対する)予防策を義務化すると、かなりなコストがかかる。特別な構造をつくるためにコストが上昇するし、就業時間中に訓練を行なえば生産のための時間が削られる。しかしいつ、どこで、次の断層破壊が起きるかわからない。予測は不可能だ。
それならそうした予防策を講じるべきではないといえるだろうか。カリフォルニアで住民投票をしても、そうした規制を廃止するという結論にはなら
ないだろう。たいていの人は、"自由市場"を守るために、地震のとき建物が
崩れてもいいとは考えないはずだ。
経済にダメージを与えずに、予防原則をとることは可能か。それは可能だし、私たちはつねにそれを行なってきた。予防策はそこらじゅうにある。一時停止標識だって予防策だからね。

P.133

ちなみに後書きを読んでも理由はわからないが、作中のSFシミュレーションで手を付けられなくなった温暖化のフィードバックループを止めるのは日本人の遺伝子工学者である。

アカリ・イシカワが、大気中の二酸化炭素を、既存の生物よりはるかに大量に消費して光合成を行ない、あらゆる環境条件で育つ、一種の地衣類〔藻類と菌類の共生体〕を開発した。
「パンナリア・イシカワ」と名付けられたその真っ黒な地衣類は、イシカワの研究室からこっそりと持ち出され、 急速に日本中に広がり、やがて世界のほとんどの地域に持ち込まれた。
(中略)
そこから地球の大気の回復、社会、政治、経済の回復への道のりが始まったのだ。
(中略)
日本国民の多くはイシカワについて、政府ができなかった、あるいはやろうとしなかったことを行なった英雄とみなしている。
中国の学者はどちらの立場も信じておらず、日本政府は自国の二酸化炭素放出量を減らそうとしてもできなかったため、イシカワに資金提供して、不確実で危険な研究を黙認したと主張している。

P.73-74

本書の中で……と言うより現実においても地球温暖化対策が進まないのは、「民主主義国家」で「(経済的)"自由"を守れ」の掛け声のもと、それより優先されるべき「自由」はかえって抑圧されたためであり、作中では温暖化により食糧不足・病気の流行・海面上昇など破滅的事態に陥った時、それに対応できたのは強権を振るえる政府だけだった。

生き残った人々の多くにとって──これはこの話の最後の皮肉といえるが──
中国が気候変動による災害を切り抜けたことは、中央集権政府の必要性の証明となった。そのことが第二次中華人民共和国 (「新共産主義中国」と呼ばれることもある)の誕生につながった。
立て直しを図った他の国々も、同じようなモデルを採用した。
新自由主義者は先を見越した措置をとらなかったために、自分たちのシステムの大きな欠点を露見させただけでなく、最も忌み嫌っていた形の政治体制を拡大させてしまったのだ。

気候がようやく安定した現在、私たちは再び権力を分散させ、民主制を採用すべきかどうかについて、今も活発な議論を続けている。

P.122

現実においても気候変動や「生成AI」に関して(新共産主義?)中国が勝利するかは不明だが、確かなのは「経済的自由が優先されると個人の自由は抑圧される」ことは実証されている、というか我々全員が現在進行形で体感中であることだ。他ならぬTwitterで。
東日本大震災の際大きな役割を果たした事で、単なる一民間企業のサービスに過ぎなかったはずのTwitterはインフラとまで呼ばれるようになり、下はもちろん上はテレビ局や総理大臣まで活用するようになった。また、その影響力は一人の人間を国会議員に押し上げることも自殺に追い込むことまで可能にするものだった。
ところがElon MuskがTwitterを買収して一年も経たないうちに、基盤機能さえ満足に使えなくなり、ユーザーはThreadsBluesky等にアカウントを作ることを余儀なくされた。

Twitterは良くも悪くも人々の言論の場となり民主主義システムの一部となっていたが、独占禁止法も言論の場であることも考慮されない経済的自由の無秩序な行使によって破壊された。つまり経済的自由が専制と化し我々の自由は侵害された
現在中国やロシアなどの権威主義体制から自由主義体制を守らなければならないと議論が進められているが、それが一党独裁による専制 VS 経済的自由による専制となってしまったら、「よりマシな専制」を人々は選ぶしかなくなる。


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