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東大法学部・法哲学者「井上達夫」門下の人びと

星野智幸の「『正義』に依存し個を捨てるリベラル」の話題でも感じたが、どうも正義もリベラリズムも、まったく理解されておらん。

「井上達夫が、もっと読まれないといけないなあ」

と思った。


井上達夫は哲学者として、若い頃から時代の価値相対主義に抗し、哲学の普遍主義と客観主義を志向した。そして、どこかの思想家の解説者となることを拒絶して、独自の正義論を構築していった。

いまだに西洋哲学者崇拝がはびこる日本の出版界だが、日本が誇る哲学者としてもっと評価されるべきである。


憲法9条問題では、「護憲」イデオロギーに固まった憲法学者が多かった法学界で、憲法改正の旗を振り続けた。

もちろん右派の改正論者は多かったが、井上は、他の点では憲法学者の大勢と同じリベラルな立場を取りながら(天皇制については廃止論で一般のリベラルより厳しい)、マスコミにおもねらず憲法改正(9条削除論)を言い続けた。

そのため左翼から嫌われたが、憲法の規範性を取り戻そうとするリベラル派の政治家や学者の理論的支柱となっている。


でも、井上達夫も、東大を退官して久しい。

あれはコロナの非常事態宣言の頃で、だから最終講義も中止された。

最近TVにも出ないし。(「朝ナマ」で百田尚樹を罵倒したシーンはいまだに語りぐさだが)


と思って改めてWikiを見ると、1954年7月30日生まれの井上は、1カ月前に古希、70歳を迎えていた。

井上達夫も70歳かあ。まあわたしも近い歳だけど、井上の本は若い時から読んできたし、彼自身がいつも若々しいイメージがあったので、70歳になっているとは気づかなかった。


正義論も、リベラリズム論も、憲法改正論も、いつまでも井上達夫に頼っているわけにはいかないのかもしれない。


たしかに、わたしがジジイになったのと同時に、世代交代が進んでいる。

井上が東大法学部で教えた学生たちが、今は裁判官になったり高級官僚になったりして、司法や官界の第一線で活躍していることだろう。

そして、井上の門下にあたる法哲学者たちが、最近はマスコミで目立つようになった。


ここに、新聞や雑誌でよく見かけるようになった井上の教え子たちをまとめてみた。

井上と同じ「一人一党」という感じの人が多く、それが井上門下の学統だろうか。

アカデミズムの中での位置付けは知らないが、ともかくマスコミで目立つということで言えば、以下の4人を「四天王」と言ってよいだろう。


【井上達夫門下の四天王】


瀧川裕英(たきかわ・ひろひで 現在、東京大学教授)

愛知県出身。1970年生まれ、現在、54〜55歳。
東京大学の法哲学講座を井上から継いだ人。(東大の法哲学は、尾高朝雄→碧海純一→井上達夫と続いてきた)
井上と同じく、大学院を経ずに学部卒業後すぐ法学部助手になった(東大法学部の有名な学士助手制度)。その後、大阪市立大助教授を経て、これまた井上と同じくハーヴァード大学の客員研究員になった。
2012年に立教大学教授となり、井上の退官と同時に東大教授になった。
アカデミズムの中心で法哲学界を牽引する立場で、著書や共著多数。新聞などへのコメントも多い。ただ、井上との違いなどの独自色はまだあまり出ていない印象。


谷口功一(たにぐち・こういち 現在、東京都立大学教授)

大分県出身。1973年生まれ、50〜51歳。
2005年より首都大学東京准教授、2016年に同教授。
この人は2017年の『日本の夜の公共圏 スナック研究序説』でよく知られる。「スナック研究」の泰斗であり、日本スナック界の権威としては、玉袋筋太郎と双璧とされる。
スナックのような小規模自営業者を守る立場から、コロナ期に行政批判をマスコミで展開して注目された。
庶民的視点と反骨精神を持ち、アカデミズムを超えた活動を強めている。ツイッター(X)アカウント(@KoichiTaniguchi)からも活発に発言。


大屋雄裕(おおや・たけひろ 現在、慶應義塾大学教授)

福井県出身。1974年生まれ、49〜50歳。
大屋も、学部から即、東大助手となり、その後、名古屋大学の助教授、教授、2015年から慶應義塾大学教授となった。
大屋は行政や官僚機構について詳しく、実際の権力機構と市民の自由との関係をさまざまな角度から論究している。
最近の朝日新聞(8月24日)では、都知事選のポスター問題についてコメントしていた。
ツイッター(X)アカウント(@takehiroohya)でも、独特の「ぼやき」文体で積極的に発言している。法の理念が現実になかなか反映されないことを理解しつつ苦悶する現実派。


安藤 馨(あんどう・かおる 現在、一橋大学教授)

千葉県出身。1982年生まれ、41〜42歳。
安藤は東大大学院を経て東大助手となり、その後、神戸大学准教授、教授を経て、2021年から一橋大の教授。
若い頃からメタ倫理学などの純理論的分野で頭角を現し、師・井上達夫の理論面での批判者として知られる。功利主義に新たな光を当ててリベラリズム論を再構築しようとする理論家。
最近、朝日新聞の「憲法季評」の執筆者となり、毎回鋭い論理のキレを披露している。


【異端児】


吉良貴之(きら・たかゆき 現在、愛知大学准教授)

高知県出身。1979年生まれ、44〜45歳。
井上達夫門下では珍しく、「現代思想」界隈、ポストモダン界隈まで広く活動範囲にし、メディアへの露出が増えてきた。左派?
ツイッター(X)アカウント(@tkira26)でも活発に発言している。


以上は、メディアで目立つ人だが、Wikipedia「井上達夫」などによれば、井上の門下でアカデミズムで活躍する以下の研究者がいる。


大江洋 (1960生まれ)- 岡山大学大学院教育学研究科教授
奥田純一郎 (1968生まれ)- 上智大学法学部教授
横濱竜也 (1970生まれ)- 静岡大学人文社会科学部法学科教授
藤岡大助 (1973生まれ)- 亜細亜大学法学部准教授
池田弘乃(1977生まれ) - 山形大学人文学部准教授
郭舜 (1978生まれ)- 早稲田大学法学部准教授
吉永圭(1979生まれ) - 大東文化大学法学部教授
浦山聖子(1981生まれ) - 成城大学法学部准教授
米村幸太郎(1982生まれ) - 横浜国立大学国際社会科学研究院准教授
平井光貴(1985生まれ)- 早稲田大学講師
森悠一郎 (1988生まれ)- 北海道大学大学院法学研究科准教授
稲田恭明 - 東京大学助手



また、井上門下には、フェミニズム研究者として注目されたが、2003年に若くして亡くなった野崎綾子(東大助手)がいた。

環境法の専門家として知られた松本充郎(大阪大准教授)も、2020年に49歳で亡くなった。


なお、門下ではないが、菅野(山尾)志桜里の不倫相手として週刊誌のネタになった慶大出身の弁護士、倉持麟太郎は、井上が慶大に出講していた時に授業を受け、大きな影響を受けたと語っている。


<井上達夫の言葉>

正義とリベラルと客観性

正義を独断的自己合理化イデオロギーとして濫用する権威主義と、正義をそのようなイデオロギーに過ぎないとしてシニカルに断罪する相対主義は、どちらも誤っているだけでなく、人々を自己の独断に開き直らせる点で同じ穴のムジナである。正義の具体的基準をめぐって様々な正義の諸構想が対立競合するが、それらに対する共通制約原理としての正義概念が存在する。自己と他者の普遍化不可能な差別の排除を核心とするこの正義概念は、自己の他者に対する要求・行動が自己の視点のみならず他者の視点からも拒否できない理由によって正当化可能か否かの批判的自己吟味を、自己と他者双方に要請する。正義は独断的自己合理化の対極に位置し、批判的自己吟味を通じて他者への公正さを配慮し続ける責務を我々に課す。

客観的真理の概念と普遍化要請としての正義概念、この二つの主導理念は、相異なる視点からそれぞれの生を生きる人々が、独断を超えて相互に他者に対して自己の精神を解放し、他者との公正な共生を希求することへの要請として統合される。この要請こそが、私が擁護するに値すると考えるリベラリズムの根本原理である。

(『生ける世界の法と哲学』p512)



<参考>


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