奨学生

#37 ~私たちのシェルパ No.2🗻~
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#37 ~私たちのシェルパ No.2🗻~

私たち親子が、苦難も多いギフティッド子育ての中でも何とか進んでこられたのは、その時々でシェルパになってくださる方との出会いも大きいと感じています。 最初は、#9 ~私たちのシェルパ🗻~でご紹介した学校の養護の先生。 そしてその次は! ++++++++++++ 基本、アカデミックタイプのギフティッドにとって、 「知識を得ることは息をすることと同じ」 それが叶わない環境では苦しくなって行くことがあります。 そのため、学校が居場所になりにくかった我が子。 家では「子

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圧倒的に訴えかけてくる映画。『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』タイ、2018年

圧倒的に訴えかけてくる映画。『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』タイ、2018年

映画館で見たかったのですが、都合がつかずに見逃していた作品。とうとう見ることができました。見る前は、大昔のおフランスのギャグ映画『ザ・カンニング IQ=0』のタイ版を想像していたのですが、真逆でした。 主人公のリンは、とても勉強のできる女の子。両親が離婚して、教師の父親と暮らしているようですが、父親は娘の才能を無駄にしたくなくて、自分の経済力以上の名門校に転校させます。娘は以前の学校で十分だと思っていたし、進学校は学費も交通費も高いので躊躇しますが、優秀な生徒が欲しい校長が

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奨学金という名の体のいい借金②返済編

奨学金という名の体のいい借金②返済編

①のnoteから早2ヶ月経ってしまいました。 遅くなりましたが奨学金の返済についてのnote(もはや備忘録)を書きたいと思います。 このnoteはいかに繰り上げ返還が大事か分かってもらえればいいなと思い、私の奨学金の金額や返還額など赤裸々に記載します。 さて早速本題です。 私は奨学金を大学在学中に借りていて、4年間で総額3,030,000円になりました。 有利子である第二種奨学金で借りてたので、この金額に利子をつけて返すことになります。 奨学金の貸与が終了した2011年の

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奨学金という体のいい借金①利率編

奨学金という体のいい借金①利率編

奨学金の存在は皆さんご存知かと思います。 私は大昔、奨学金とは貸与ではなく贈与だと思うくらいにはアホな子でした。実際そういう種類の奨学金もありますが、一般的には貸与型の奨学金を利用している人の方が多いでしょう。 貸与型の奨学金は、第一種と第二種の2種類に分けられてその違いは利子がつくかつかないかというところです。(第一種は無利子、第二種は有利子)我が家の場合、兄弟が下に2人いたので、先々を考えて親に負担をかけたくないことと、進路を専門から大学へ変えたこともあり、高校在学中

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山あり谷あり新聞奨学生体験記 Part 42「新聞販売店とのその後の関わり」

山あり谷あり新聞奨学生体験記 Part 42「新聞販売店とのその後の関わり」

専門学校を卒業し新聞奨学生が修了してから、時々支店に遊びに行っていました。仲の良かった先輩や後輩がいたので、よく会いに行っていました。職場へは原付スクーターで通勤していて、支店は私の通勤路にあったので、気軽に立ち寄っていました。 本店へはほとんど立ち寄らなくなりました。オーナーや店長と会う気持ちが全くなかったからです。本店の奨学生と会う時は、アパートに直接行っていました。 仕事は好きではありませんでしたが、奨学生は気の合う人が多かったので、しばらくは友好関係を保っていまし

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山あり谷あり新聞奨学生体験記 Part 41「新聞奨学生生活完結!待望の修了式」

山あり谷あり新聞奨学生体験記 Part 41「新聞奨学生生活完結!待望の修了式」

最後の朝刊配達が終わり、実家へ帰りました。途中真っ直ぐ帰らずに、配達区域を少し通って帰りました。道中、「3年間よく頑張ったな」と、なんとなく感慨深い気持ちになりました。 家に到着後、修了式出席のため身支度をして家を出ました。 会場に行く前に本店に寄りました。集金で余った残りの証券をパートの事務員に渡しました。 何人か従業員が出勤していて「よく頑張ったね」「ご苦労さま」と、声を掛けられました。お世話になった方、色々と仕事を押し付けてくれた方など色んな人がいましたが、「立つ鳥跡

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山あり谷あり新聞奨学生体験記 Part 40「最後の新聞配達&最後の晩餐」

山あり谷あり新聞奨学生体験記 Part 40「最後の新聞配達&最後の晩餐」

引き継ぎと集金が終わり、奨学生修了式が迫ってきました。「あと○日で脱出だ!」と、カウントダウンしながら毎日配達をしていました。修了式は3月下旬の月曜日に行われました。この日の朝刊を最後に退店となりました。 修了式の前の週の土曜日が夕刊配達最後となりました。夕刊では様々な事がありました。配達途中にノーヘルで警察に反則切符を切られたり、配達前にバイクのパンクが見つかり、配達時間が遅くなってしまい店長に怒られたりなど、色んな思い出がありました。 配達を終えると、少し肩の荷が下りた

山あり谷あり新聞奨学生体験記 Part 39「最後の集金&引き継ぎ」

山あり谷あり新聞奨学生体験記 Part 39「最後の集金&引き継ぎ」

新聞奨学会の修了式が迫り、最後の集金をすることになりました。私が卒業することを多くの読者の方は知っていました。なぜ知っていたかというと、店では独自にチラシを発行していました。ミニ新聞のようなものです。そのチラシで私と一緒に卒業する新聞奨学生3名とそれぞれの進路先を紹介していました。 そのため、色んな読者から「ご苦労さまでした」「よく頑張ったね」など励ましの言葉を沢山いただきました。お菓子をいただいたり、中には祝い金をいただきました。 多くの方に祝っていただき、凄く有り難かっ

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山あり谷あり新聞奨学生体験記 Part 38「困難だらけ!雪の日の配達」

山あり谷あり新聞奨学生体験記 Part 38「困難だらけ!雪の日の配達」

新聞配達をしていて、一番困難に感じたのは雪の日の配達でした。雪が積もると、バイクの運転がすごく大変です。滑ってしまうので、慎重に運転しないといけません。 雪の積もった日はいつも、バイクの後輪タイヤにチェーンを巻いていました。このチェーンを巻くのは少々手間がかかりました。 まず、タイヤの空気を抜いてチェーンを巻きつけます。そのままだとチェーンが短いので巻くことが出来ません。チェーンを巻き終わると、また空気を入れます。そして新聞を積んで、出発します。 チェーンを巻くと滑りにく

山あり谷あり新聞奨学生体験記 Part 37「配達を楽にするためにやったこと」

山あり谷あり新聞奨学生体験記 Part 37「配達を楽にするためにやったこと」

私の配達区域は新興住宅地で、次から次へと家が建っていました。そのため、新聞社の読者獲得は激戦でした。店長はいつも営業に出ていたので、配達中にしょっちゅう遭遇していました。 毎月沢山の新規顧客が上がってきます。時には20件くらい増えた時もあり、覚えるのに必死でした。そして、配達時間も増えて結構な負担となりました。 区域を担当し始めた頃、朝刊配達件数は合計300くらいでした。それが毎月増えていき、最大で380件くらいになりました。60件も増えると、配達時間は約20分延びました