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オリジナル小説│ぼくが僕になるまで│パラレルワールド

ぼくには父親がいない。
戸籍の父親の欄は空いている。母はぼくを
未婚のまま産み、育ててくれている。

やりたい事は何でもやらせてもらえて、
片親ながら何不自由なく育ってきたと思う。

ただ母は、いつも忙しそうだ。
朝から晩まで働きに出て、家に帰ってきても
パソコンと向き合っている。しかし、
いつも学校が終わって帰宅するときちんと
夕飯が用意されていて、
冷めていても美味しいところが凄いと思う。

〈学校お疲れさま。レンジでチンしてね。
大好きだよ ママ〉

そう書かれたメモは
ぼくの宝物入れの中に溜まっていく。

ぼくが起きて学校に行く準備をしている間に
家を出て行ってしまう母は、きっと昼休みに
帰ってきて作ってくれているのだろう。
貴重な昼の1時間なのに、ぼくのために。


「ただいまー」

大好きな母が帰ってきた。

「おかえり」

ぼくの姿を捉えると、
ぎゅっと包み込んでくる。ぼくはもう
中学生なんだし、ちょっと恥ずかしい。
嫌なわけではない。だってこれが
母と触れ合える少ない時間だからだ。
一緒に過ごせる時間が少なくても、
母の腕の中に包まれると安心する。
愛されてるんだと実感する。

食べ終わった食器はしっかり洗い、
ラックにおいた。軽くフローリングを
ワイパーで掃除し、洗濯物も畳んだ。
母の負担を軽くしようと、小学生の頃から
手伝っていたのでお手のものだ。

「偉いね、カズくん。ありがとう」

次は頭を撫でられて、
やっぱり恥ずかしいけど嬉しい。

リビングでパソコンをいじる母の
向かいに座り、宿題をする。
本当は早く終わらせることもできるけれど、
この時間が好きだから残しておく。
学校の勉強は特に難しくはないけれど、
ちょっと構ってほしくて

「ここわからないんだけど」

って仕事の邪魔をしてみたり。
こういう時だけ眼鏡をしている母をみると、
キャリアウーマンに見える。新鮮で面白い。

ささっと問題の解き方を教えてくれて、
まぁ答えは分かってたんだけどね。
学校の先生よりも教えるのうまい気がする。

日付が変わる前に寝なさいと言われて、
ぼくは仕方なく自室のベッドに入るのが
毎晩のルーティン。母はその様子を見届け、
またパソコンで仕事をしているだろう。

最近ぼくは、週に2,3日
ダンススクールに通っている。
英会話にピアノ、サッカー等、
様々な習い事をしてきたが
ダンスが1番楽しく感じた。

ヒップホップやブレイク、様々なジャンルを
色んな先生に教えてもらえた。
楽しくて楽しくて、ぼくはもっともっと
できるようになりたいと思うようになった。


ダンスの先生からは、

「本場に行ってみれば?
知り合いがやってるスタジオがあるよ」

そう言われたから
少しやってみたい気持ちはある。
だけど、問題なのは資金。
やるならとことんやりたくて、
行くなら高校も現地で通いたい。
そうすると日本で過ごすよりも
桁違いな金額が必要になる。
それを母に出してもらうなんて、
できっこない。今でも充分な
生活を送らせて貰えているのだ。


ぼくは色々と考えた。ダンスの先生に
教えてもらった奨学金制度は絶対利用する。
給付でも貸与でも、ぼく自身がやりたい事の
ためだから、自分で責任を持たなければ。

それでも、やっぱり足りないのが現実だ。
現地でアルバイトをしようにも、高校と
ダンススタジオに通うとそんな余裕もない。
アルバイトをしに留学するわけではない。
目的を間違えないようにしよう。

結果、考えて考えて、
ふとあることを思いついた。

父親だ。子供は
母親1人だけで産まれるものではない。
ぼくは産まれてこれたのだから、
必ず父親がいるはずだ。

母は父親のことを一切話さない。
ただ、生きているとだけは聞いていた。

だがしかし、母を観察していると
徐々に分かってきたことがある。
ある人物がテレビに映ると、
とても悲しそうな表情をするのだ。
そしてその夜は決まって
ベランダでタバコをふかす。
滅多に、というか
このとき以外吸うことがないので、
思い返せばこれが大ヒントだった。

その人物とは、逆輸入俳優として人気を
博している永崎珠有(ながさきしゅう)だ。
顔をよく見てみるとびっくりした。
ぼくとそっくりなのだ。

もう、これはビンゴだと思った。

どうにか会う方法を探った。事務所に
突撃しても門前払いされるだろうし、
SNSでメッセージを送ろうにも、どうせ
メッセージの山に埋もれてしまうと思った。

結局、一番シンプルで原始的な
手紙を書くことにした。

ぼくたち母子の写真と
連絡くださいという文言を添えて。

1週間、1ヶ月と待ったが連絡は来なかった。
もう諦めた方がいいのかな、
そう思っていた頃に手紙が届いた。

〈毎週水曜日の午後4時頃、○○駅近くの喫茶店に居るので気が向いたらおいで〉

良かった。ちゃんと、届いた。

そりゃもちろん、会いたいから
一番近い水曜日に会いに行くことにした。
お金のためでもあるけれど、会ったことの
ない実の父親には会ってみたい。

放課後、急いで帰宅し制服を脱ぎ捨てる。
そして例の喫茶店へ急いだ。

そこは、繁華街から少し離れた
雰囲気のある、中学生がひとりで
入れないようなお店だった。
重厚感のある扉をみて気が引けてしまった。
─怖い。大丈夫かな。

しかし、ここを開ければ父と会えるのだ。
開けるしかない。

意を決して開いてみると、
シャンデリアなどがきらびやかではあるが
落ち着いたレトロな空間だった。

「いらっしゃいませ」

素敵なサロンを着こなしたお姉さんに
出迎えられた。

「あ、あの、永崎さん、」

「あー、はいはい、こちらです」

優しく微笑み、奥の席へ通されると、いた。

サングラスをかけ、
タバコの煙を吐いている。
同級生の親たちとは
比べ物にならないくらい若く見える。
少し歳の離れたお兄さん、みたいだ。

「初めまして。
白岡和翔(しらおかかずと)です」

「おー来たんだ。座りな」

そう言いながらタバコを潰している。

「赤のマルボロ」

思わず口に出てしまった。

永崎さんは驚きながら

「え?中学生なのに知ってんの?」

驚きながら僕を見つめてくる。

「えっと、母が偶に吸ってるのを見てて」

「へぇ、そうなんだ。
桂奈(かな)、君の母親は元気?」

タバコをポケットに仕舞う。

「元気ですよ。
あ、別にぼくは大丈夫ですよ、タバコ」

「だーめ。
子供の健康のためにはこれがマナーだよ」

「ですよね、母もぼくに隠れて
吸ってるので。気づいてることすら
知らないかもしれませんが」



「何飲む?」

「えーっと、レモンスカッシュで」

永崎さんはコーヒーを啜り、
ぼくはその目の前でレスカを
ストローでくるくると混ぜる。


「へぇ、で、どうしたの?」

「父親に会ってみたくて」

「それだけ?だったら
もっと早く連絡してきたでしょ」

「あと、あの、えっと、お金のことで」

「そっか。何で必要なの?生活厳しい?」

「生活は厳しくないです。だけど、
ぼくのやりたい事のためにはお金が必要で」

ダンスでアメリカに留学したいこと、
でもそのためにはお金が必要で、
母に出してもらうには大金すぎること、
奨学金も利用することなどを伝えた。

「それで、俺のところへ来たというわけか」

「はい」

「で、今回君が俺に会いに来たことは
知ってんの?母親は」

「知らないです。
父親のことは一切話してくれていなくて」

「あいつらしいな。俺にも子供できたって
一言も言ってこなかったし、
君から連絡きてびっくりしたんだからな」

「すみません。そりゃあいつの間にか
中学生の子供がいたらびっくりしますよね」

「まぁね。でも、嬉しかったよ」

「え、本当ですか」

「もちろん。ちゃんと愛した人の子供で、
ずっと会いたかった人の子供だもん」

「永崎さんは結婚してないんですか?」

「誰かさんのせいで、ね。あと呼び方は
永崎さんじゃなくていいよ。
パパとかお父さんって呼びにくければ
珠有さんとかでもいいし」

「父親って確定したわけじゃないけれど
良いんですか?父親って認めて」

「だってさ、あいつが浮気なんて
してないはずだし、なんていったって
顔がそっくりじゃないか俺たち。
誰が見ても親子だってわかるよ」

「そう、ですか。お父さん…と呼ぶのは
ちょっとまだ早い気がするので、
珠有さんと呼びますね」

「留学費、出してあげるよ。
今までの養育費払ってきていないし、
自分の子供がやりたいことは何だって
やらせてあげたい。だけど、条件がある」

「条件、ですか」

「まずは、ちゃんと
高校を卒業してくること。そして」

「そして?」

「俺は君の母親、桂奈に会いたいから
会えるようにどうにか説得してくれる?
昔の番号に連絡しても繋がらなくて」

「わかりました」

なんだか、可愛く見えた。
もう、40歳は過ぎているだろうに。

その日は連絡先を交換して解散した。



ぼくはそれから父と
月に数回合うようになった。
日帰りで行けるところはドライブしながら
出掛けたり、遊園地だって動物園だって、
父は軽い変装をして連れて行ってくれた。

母は土日も仕事をしていることが多かった為
容易に出かけることができた。
母には申し訳ないと思いつつも、
とても楽しかった。


いつ言おう、いつ言おうと後回しに
していると、もう半年ほど経ってしまった。

夏になり、学校が休みになった。

「お母さん、話がある」

「どーしたの?」

久しぶりに家でゆっくりする
母親の姿をみれて安心したので、
話してみることにした。

「はい、これ飲みながらね」

蜜に漬けたレモンを添えた、
母特製のレモネード。夏の定番でもあり、
冬にはホットにしたりと
年中楽しめる母の味だ。

「言わなきゃいけないことが2つある」

「うん」

「ぼく、アメリカに留学したくて」

「え、アメリカ?何で?」

「ダンス頑張りたくて。向こうで高校にも
通いながらスタジオにも通う」

「そうなんだ。
でも、学費とか高いでしょう」

「うん。だから奨学金制度を使ったり、
あとは、お父さんが」

「お父さん?え、お父さんって??」

「永崎珠有さん。僕のお父さんでしょ」

「ちょっと、え、カズくんの父親は
そうだけど、なんで知ってるの?
教えてないでしょ」

「だってほら、テレビとかで映ったときの
反応とか、そもそも顔そっくりだし。
それで、最近会ってて」

「はぁ、もう会っちゃったのか。
なんか言ってた?」

「うん。連絡取れないから
会わせてほしいって」

「そう」

母は遠くを見つめながら
レモネードを流し込む。

「それが、留学費用を出す条件だって」


しばらく考え込んだあと、
母は覚悟を決めたような表情をした。

「わかった」



それからしばらくし、
父は我が家にやってきた。

「それじゃ、僕は部屋で勉強してるから」

そう言って、2人きりにしてあげた。



それから約1年後、ぼくは念願の
アメリカにやってきた。
9月からは学校に通うので、
ものすごくワクワクしている。

渡米するまで必死に頑張った英会話も、
意外なフレーズが役に立ったりして、
伝わることがとても嬉しかった。

学校にダンスに、
必死に喰らいついた3年間。
SNSにダンス動画などをアップしている
うちに、某芸能事務所からスカウトの
連絡が来た。当初は興味がなかった。
アメリカでダンサーとして
少しずつ仕事をさせてもらっていたので、
このままここで生きていこうと思っていた。
しかしその後、アメリカにまで
会いに来てくれる執念深さに
ちょっとだけ惹かれ、
卒業後に帰国することにした。


そこから歌やラップなどのレッスンを受け、
僕は現在Ruby-boyzとして活動している。

結局父と母は僕が帰国した後に結婚し、
晴れて夫婦となった。




それが僕、永崎和翔になるまでの物語。





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