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短編オリジナル小説│知る者は私だけ

※この物語はフィクションです



休日の早朝7時半。
休みの日はゆっくり寝ていたい派の私が
この時間に起きるようになったのには
理由がある。 

今話題の朝ドラを見るためだ。


出演者の中に、恋人がいる。
恋人の仕事ぶりを見るために起きるのだ。


その人は、某有名アイドルでも
イケメン俳優でもない。
ほとんど無名の俳優で
登場シーンやセリフは殆ど無い。


本人は自分がどんな仕事をしたのか、
いつ登場するか教えてくれないので
毎話見逃さないように
テレビに張り付いている。


永崎珠有(ながさきしゅう)は、
大学の先輩だった。
当時から細々と芸能活動していた彼に
私─白岡桂奈(しらおかかな)─は
片思いをしていた。

卒業後、ばったり再会してお付き合いに
発展した、というありがちなパターンで
私達の関係は始まった。

一般企業に就職し、一般的に〝普通の人〟と
呼ばれるような生活をしている私と、
相変わらず売れずに燻ぶっている俳優の彼。
再会して再燃する恋心は
何にも止められることはできず、
周りからはやめとけって言われるけれど
そんな言葉に私を止める力はない。

彼とは一応同棲している。
私はそう思っている。
お付き合いを始めてからすぐ
我が家に住み着くようになったのだが、
いつ仕事して、今何をしているのかは
教えてくれない。

彼と仲のいい俳優仲間やスタッフなどの
SNSをフォローしておくと
たまに彼が登場する。
一緒に朝まで呑んでいるだの、
泊まっていくだの、けっこうダダ漏れ。
人気俳優ではないから良いのだろうが。
私はそれに助けられているから
何も言わないけれど。


本人のSNSもたまに更新される。
早朝からライブ配信をやったり、
カラオケ配信したり。
一番困るのが、私が帰る前に家で
配信をされることだ。
彼女がいるなんて公表していないし、
少ないながらファンがいて多分その中には
リア恋をしているファンもいるだろう。
我が家なのに我が家に帰れない。
本当、好きでなければ耐えられないだろう。

こんなに雑に扱われているのに、
稀に優しくしてくるので
この沼からは抜け出せない。
毎回気持ちが離れていく前に
プレゼントをしてきたり、私を優しく抱く。
飴と鞭の使い手なのだろうか。


そんな彼が急に

「俺、海外の番組に出ることにした」

そんなことを言い出した。
それは、アイドルになるための
サバイバル番組。
私も日本で流行る前にいくつか見たことが
あるが、なかなか大変なものだった。

私は彼に有名になってもらいたい。
俳優として大成してほしいと思っていた。

「せっかく朝ドラに出れたのに、
今後に繋がるチャンスを捨てるの?」

「あれは、先輩の代役だった。
俺の力ではない」

「代役だとしても、出たもん勝ちでしょ。
もう少し頑張れば俳優の仕事が
増えたと思うよ」

朝ドラ出演は、もともと彼の事務所の先輩が
決めた仕事だった。
しかし、急に怪我をした為、
背丈の似た同年代の彼が代役となった。

「俺は海外に賭けたい。
やりたいことをする」

何を言っても無駄だった。番組には
10代から20代前半の若者が多く出演者する。
どの番組もそう。珠有のようなアラサーが
最終的にメンバーに選ばれた試しはない。
いくら若く見える彼とはいえ、
この先を考えると選ばれないことは
私ですら分かる。


私は急に魔法が解けたような気がした。
もう、一緒にいてもダメだと。


「分かった。それなら別れましょう。
海外に発つまでは家にいてもいいけれど、
残していくなら全部処分する」

「わかった」

あっさりしすぎだ。
もう少し引き止めてほしかった。


過去の番組でもあったが、過去に
彼女が居たことなんてすぐバレてしまう。

〝アイドルを目指す彼のために別れた
物分かりのいい彼女〟
そう言われるパターンになるだろう。
そうじゃないのに。私は私のために別れた。
私は彼を見捨てた。彼を応援する気はない。



彼が発ち、しばらく経った頃に
私の妊娠が発覚した。
父親は彼以外ありえない。
まだ自分の夢を追いかけている彼を
父親にすることはできないが、
私はひとりで産んで育てることを決めた。

彼の出る番組は日本でも放送されるので、
私も一応見ることにしていた。

SNSで彼のファンのフリをし、
ファンと交流してみたり。
それは別れる前からしていた。
ネットの情報は自分で全て集めようとすると
キリがない。出演情報だって、
昔からSNSに頼っていた。

番組が始まると、彼は馴染んでいた。
悪く言うと、目立たなかった。
歌うのは好きだったから
上手いのは上手いが、独特な歌声なので
グループで歌うというよりはソロ歌手向き。
あのまま俳優として名前を売り、
歌を出せばよかったのに、
なんて私が言っても
聞く耳を持たなかっただろうな。

長い手足を持つ彼は、
ダンスにはあまり向いていないようだった。
持て余しているというか、
上手く使えていない。
正直、数人だけのステージだと
余計に目立ってしまう。

いつ落ちるだろう、そう思いながら
番組を見ている私とは裏腹に、
しぶとく残っていく彼。

そんな時、私は倒れてしまった。
お腹が張るなと思っていたが、
それが予兆だと知らずに過ごしていた。
すると流れてしまった。
あぁ、もう、これは全部自分のせいだ。
彼を応援しなかった罰でもあるのだろうか。


病院で、何もいなくなってしまった
腹を撫でる。まだ初期であったため、
膨らみがほとんどわからなかったが、
なんだか悲しくなって私はひとりで泣いた。

結局、彼はセミファイナルまで残ったが
そこで脱落した。
今は現地の事務所に入り、
少しずつ仕事を獲得しているみたいだ。


私は、私は─

また、独り身での生活を
なんとなく過ごしている。
楽しみも、希望も、特にはない。
もう何も、失いたくないから
大切なものを作らない。




美浜えりと申します。オリジナルのフィクション小説を書いています。

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シリーズとして更新していく予定です。


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