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短編,歌詞小説│たとえ溶けて消えたとしても




それはよく晴れた日の事だった。


僕はポケットに小さな箱を忍ばせ、
待ち合わせ場所へ向かう。

しかしそこには、
いつも早く着いているはずの
彼女の姿は無かった。

遅れる時は何か連絡をくれるはずだが、
30分過ぎようと、1時間過ぎようと
なんの音沙汰もない。

〈着いたよ〉と送ったメッセージにも
既読すらついていなくて、
心配になった僕は彼女の家へ向かった。


─ガチャッ

「菫(すみれ)、いるのー?」

合鍵を使って部屋に入ると、
いつもの綺麗な部屋が広がっている。
姿が見えなかったので寝室へ向かうと、
彼女はまだベッドで眠っていた。

「なーんだ、寝坊か」

そっと彼女に近づくと、違和感があった。



いつもは〝すーすー〟と
寝息が聞こえるのに、今日は聞こえない。
口元に手をかざすと、息をしていなかった。

そんなはずはないと、
揺さぶってみても起きないし
抱きしめてみると身体は冷たい。


そこからの記憶は曖昧だ。

どうにか救急車を呼んで、
彼女の母親に連絡した気がする。

昨日まで、いや、
ほんの半日前までは元気だった。

寝る前には

《明日会えるね、おやすみ》

そうやって電話越しに声を聞いたのに。

信じられるわけがなかった。




*




突然死、だった。

あとから聞いたが、彼女みたいに
健康だった若者が突然亡くなることは
稀だがあるらしい。




数日後、彼女の葬儀が執り行われた。

彼女のご両親、友達、同僚が
次々と焼香をしていく。
多くの人が泣いたり嗚咽を漏らしたり、
彼女が愛されていたことが見て取れた。

未だに実感がわかない僕は、
泣けてすらいなかった。
薄情だと思われるかも知れない。
恋人が亡くなったというのに。

花を添えに行っても、やっぱり綺麗な顔で
眠っているように見える彼女は、
まだ生きていると思えた。

棺の蓋を閉め、最後に釘打ちをする。
彼女の親族たちがそれぞれ打ち終え、

「樹(いつき)くん、どうぞ」

彼女の父親に呼ばれ、釘を打っていくと、
これでお別れなんだと急に涙が溢れてきた。


「うっ…菫…なんで…」

溢れたら止まらない、止められない。

きっと彼女が見ていたら、

〝酷い顔してるよ〟

って笑われそうだから、背を向けた。


泣き続けたまま、火葬場へ連れられ、
酷い顔のまま彼女を見送った。

ぼーっと火葬場の外で風に当たっていると、
だいぶ落ち着いてきた。

ふと空を見上げると、
今日も綺麗に晴れており
そこに煙が上がっている。

彼女の肉体だったものが、
空に吸い込まれていく。

山の上だからか、
青と白と緑の空が綺麗だった。


*


彼女は有名企業で働いていた。
所謂、キャリアウーマンってやつ。
同じ社会人5年目でも、
収入の差は歴然だった。

毎日残業残業で、
定時上がりの日なんてほとんどない。
逆に僕は、残業させない主義の建設現場で
働いているので、定時には上がれる。
いや、定時で帰らされる。
残業代で稼ぐってことができない。


僕たちは、半同棲みたいな状態だった。

未だに都内の実家(とはいっても田舎の方)に
住み着いていた僕は、
23区内で一人暮らしをする彼女の家が便利
すぎて週の半分ほどは転がり込んでいた。

定時上がりの僕は、帰りにスーパーへ寄り
冷蔵庫の中身と相談しながら買い物をする。
主婦みたいだなと思いつつも、
彼女を笑顔にしたい一心で動いている。


とは言っても、
実家住まいで今まで自炊してこなかった。
彼女のほうが上手いのは分かっている。
だから僕は、変に凝った物ではなく、
シンプルに。

味噌汁と焼き魚、ほうれん草のお浸し。
素朴だけど疲れたときにでも食べられる
メニューにした。


「ただいまー良い匂いするね」

帰宅してすぐ、キッチンの方へやってくる。
後ろから抱きしめられ、
手元を覗き込んでくるいつものルーティン。

「ほら、手洗っておいで」

そう促すと、

「んー」

怠そうに洗面所へ向かう。
今日もお疲れですね。



「この味噌汁うんまっ!
いっちゃん天才だね」

「そ?良かった」

美味しそうに食べてくれるので
作り甲斐がある。

今日は切り干し大根を入れてみた。何となく
手に取ったレシピ本の中にあったものだ。
他人のアイデアだが、
褒められると素直にうれしい。

「うん、しっかり味がするね。また作るよ」

そんな平和な日常があるだけで、
幸せだった。他に何も求めていなかった。




土日休みの彼女と、不定休な僕とでは
あまり休みが被らなかった。

仕事中、休みの彼女から

〈今日は夕飯作るから〉

そうメッセージが来ると、
その日の仕事も頑張れた。
彼女のご飯はレアなのだ。そして美味しい。

軽い足取りで彼女の家に向かうと、
部屋からは油の匂いがした。


─汚れるから嫌

家主の彼女がそう言うから、
我が家では揚げ物はしない。基本的には。

ただ、彼女はストレスが溜まると
揚げ物を大量に作ることがある。

今回も色々と溜まっているのだろう。
肉体労働で疲れた僕にとって揚げ物は
ご褒美でしかないから嬉しいんだけど。
彼女の事を考えるとちょっと複雑。


いつも彼女がやるように、
エプロン姿を後ろからハグしようと近づくと

「ストップ!油跳ねるから来ないで」

そう言って突き放された。
料理中の彼女にバックハグはなかなか
できないから、チャンスだと思ったのに。


結局、食べきれないほど
大量の揚げ物は残ってしまった。
二人共、胃もたれしそうなほど食べたが、
残りは明日の昼に持ち越すことにした。


「んで、どうしたの」

僕は洗い物を終え、テレビを見ながら
お酒を飲む彼女を後ろから抱きしめた。

「後輩が結婚した。
しかも妊娠してるから辞めるんだって」
彼女は困った顔をしながらグラスを傾けた。

「そうなんだ」

「別にそれはいいんだけどさ、
急すぎて私等にツケが回ってくるし
周りからは〝お前はしないのか〟って
流れで言われて…」

「うん」

「別にさ、結婚が全てじゃなくない?
結婚すれば幸せなの?」
言い終え、残りの液体を一気に飲み干した。

「そうだけど、菫は結婚したくないの?」

実はだけど、僕は菫との結婚を考えていた。
でも、今のままだとダメだと思い、
もう少し昇格してからプロポーズしようと
思っていた。男としてのプライド的な?
今の僕じゃまだ早いな、と思って。

「うーん…もうアラサーだし、
結婚ラッシュで周りはどんどん
家庭を持ったり子育てしてて。
そういう普通の幸せを見せつけられるのが
怖くて。まだまだ仕事頑張りたいけど、
結婚してしまったほうがラクかなって…」

「じゃあさ、
もし僕がプロポーズしたらどうする?」

「え、そりゃあ嬉しいけど、
まだしてくれないでしょ」
優しく微笑みながらそういう彼女には、
多分全部バレている。

「今すぐとは言えないけど、
一緒にいたいと思ってるし
菫とのことは考えてるよ」

「ありがと、樹。だいすき」


吐き出したいだけ愚痴を吐いた彼女は、
くるっと反対を向いて抱きついてきた。
僕もそれに答えるように腕に力を入れ、
片手で頭を撫でてやると落ち着いてきたのか
僕の胸の中で寝息を立て始めた。

「俺も」

〝好き〟のひとことが
恥ずかしくて言えなかったけど。
僕も君のこと大好きだし、大切だよ。



*



必死で働いていて、資格の勉強なんかもして
彼女には相変わらず
追いつけていないけれど、
僕は少し成長したかなって思っていた。

僕の給料で買える指輪なんて
大したものじゃなかったけれど、
箱に入れてもらえばそれらしく見えた。

「早く渡したいなぁ」

久々に自分のベッドで横たわりながら、
明日会える彼女に思いを馳せた。



*



彼女の部屋を片付けに行ったけれど、
本当にものが少なくて。
でも全てに僕たちの思い出が詰まっていて。
ソファもベッドもテレビだって。

チャンネル選びで小競り合いしたり、
僕のイビキがうるさいからって
叩き起こされたり。
くだらない事は鮮明に思い出せるけれど、
彼女がどんなふうな顔をして
笑っていたかが思い出せない。
何て言って仲直りしたのか、
彼女が何て言って許してくれたのか、
彼女の体温は思い出せるのに
それは思い出せない。

彼女が居てくれること、笑ってくれることが当たり前になっていて
その一つ一つを思い出に残すほど
大切にできていなかったのかもしれない。

その日は、少しの家具以外すべて
運び出された彼女の部屋で眠ることにした。

二人で狭いねって言いながら
くっついて寝ていたダブルベッドは、
一人で寝るには寂しくて。

彼女が使っていた枕を抱きしめてみると、
涙が止まらず、そのまま
夢の中へ落ちていった。


《いっちゃん、大好きだよ》

抱きしめられる感覚があった。

「僕も─」

抱き返そうと手を伸ばしたところで、
空気を掴んでしまって夢から覚めた。
彼女はまだ生きていると錯覚してしまうほど
リアルだった。息遣いも分かるほど。

─大好きだよって言えなかった。
夢の中でも。

あぁ思い出した。
そうやって仲直りしていたんだ。
大好きって、もっと言っておけばよかった。
流れる日常の中で、
こうも僕は甘えていたんだと思う。



*




早いけれど、
もう彼女の声を聞けなくなって数年。
僕はいつの間にか30代に突入した。

周りからは
─いつまで引き摺っているのか、とか
─新しい恋してみれば、
なんてことをよく言われる。

恋人を亡くした可哀想な男
だと思われているのだろう。
直接そう言われていなくとも、
伝わってくる。嫌でも。

別に僕は可哀想だとは思っていない。

彼女のことは大好きだったし、今も好きだ。
好きになって、一緒に過ごせて幸せだった。
今までの人生の中で
1番幸せなときだったと断言できる。

もし、もしだけど

今後彼女以上に愛せる人ができたのなら、
その時は本気で愛したいし、大切にしたい。
そしてそのことを
しっかり言葉にして届けたい。

そうは思っているけれど、
今はまだ彼女を超えるものはない。

未だに彼女が発す

〈いっちゃん、大好きだよ〉

その息遣いすら聞こえそうなくらい
鮮明に思い出せる記憶がある限り、
まだまだご縁が無さそうだけど。





僕は、菫を笑顔にしたい
彼女は月で、僕はそれを笑顔にする
太陽になりたいと思っていた。

でも一人で暮らすようになってから、
それは間違いだったと気付いた。

彼女は北の空でいつも輝いている星だった。
僕が照らさなくても自ら光る恒星だった。

道を迷わないように、
いつも僕を導いてくれていたのだ。

その道標を失った今、
僕は人生という迷路の中で
同じところをくるくると周っている。


*

少量だが、彼女の遺骨を譲ってもらって
僕の机の上で
渡せなかったあの箱と一緒に並んでいる。

彼女の母親からは

「あの子、樹くんと出会ってから
いつも幸せそうだったよ。
よく笑っていたし、家に帰れば樹くんに
会えるから仕事も頑張れるって言ってたよ」

そう言って貰えるだけで、
救われる気がした。

もっと早く渡しておけばよかった。

渡せていたら、
なんて返事してくれただろうか。

そう後悔することもあるけれど、
考えたって何も変わらないし、
僕はまだ生きていかなければならない。

ぼーっと考え事をしながらでも
ある程度のご飯は作れるようになったし、
生きるために仕事も続けている。

可哀想に見られないよう、
見た目はある程度気をつけているし
悪くない男だと思う。
全部彼女と出会ったおかげだ。





「大好きだよ、菫。いってきます」

手を合わせて、届けたかった言葉を呟く。
それが毎朝のルーティン。

僕は未だにあなたと過ごした
この部屋から離れられない。
まだもう少し、
迷子のままでもいいかもしれない。






お久しぶりです。
今回は1話読み切りの物語にしてみました。

そして、新企画として
歌の歌詞を元にした物語になっております。

歌を聴いて、色々想像しながら作りました。
歌詞と全てがリンクしているわけではありません。
むしろ、途中から全然違う方向に進んでいる気がします。

さて、これは誰の何という曲を元にしたでしょうか?
分かった方は、コメントをお願いします!

また、この企画はたまに書いていこうと思っているので
リクエストがあれば、インスタグラムかツイッターのDMでお願いします。
コメントやリプだとバレちゃうので。

ついでにフォローしていただけると嬉しいです。

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脳内にある物語を言葉にするのって難しいですね。
偶に本を読んで、凄いなって思ったりしています。
おすすめの本などもあれば教えてください。
電子より、紙の本派です。
文庫本になっている作品のほうがありがたいです。

それでは、また!





✒美浜えり


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