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色なき風と月の雲 1


あらすじ
生き辛さを感じている主人公が、様々な人との出会いを通して変わっていく物語です。



「長与(ながよ)、喫煙所に吸い殻溜まってたから片付けといてー」

高校を卒業し、この会社のイベントスタッフとして働き始めてからはや3年。

この現場には私よりも若いスタッフはおろか、女性スタッフもいない。そのため、私は新人と同じように雑用を押し付けられる。

一応、某有名男性アイドルのコンサート現場なので、気軽に若者を入れるわけにはいかないらしい。

特に熱狂的なファンは若い女性が多い。アイドルを狙ったストーカーや、本当に恋をしている所謂〈リアコ〉などを近づけないようにし、トラブルを予め防いでいるようだ。

そこになぜ、私がいるのかというとそれは私が海外アイドルのオタクで日本のアイドルには一切興味がないから。

スタッフTシャツにダボダボのボトムス腰にはウエストバッグ首にはスポーツタオル。これが私の戦闘服。

パイスラ(斜めがけ)やうなじは若いアイドルが興奮するからNGだそうだ

極めつけには女らしさを消し去るようなショートカット。

色気も無ければ興味がない、それがうってつけだったようだ。

先程も言ったように、女性ファンが多く万が一急病人が出た際には女性スタッフが居たほうがいいということでよく招集される。

スタッフは誰も私のことを女扱いせず、ガンガンこき使ってくるので見た目になんか気を使っていられない。むしろ男に見えるくらいでいいのだ。

女性の多い現場だと、彼氏は?結婚は?とうるさく尋ねられるし、なんなら彼氏や旦那のスペックでマウントをとってくる。

自分の手柄ではないのに、自分が偉いと勘違いしていて痛々しい。

女性の相手は面倒なので、有難くこの現場に入らせてもらっている。

現場経験は多いが私は正社員ではない。

特にやりたいことも無く、ただ推しの現場にすぐ行けるからという理由だけで東京に出てきた。

好きなアイドルとはいえ、あまり売れていない海外アイドルなので現場に行けば毎回同じメンツに出会う。

あまり人と仲良くなることが得意でない私だが、数人仲良くしてくださるお姉様方がいた。

そのうちのひとりに誘われ、私は俳優業を始めた。

舞台俳優をしているそのお姉さんの所属団体で人が足りなかったらしい。

やりたいことがなかった私は、何でもいいからやってみようと思いそのお話を受けた。

昔から短期記憶力が良い自覚があったので、台詞を覚える事は特に苦ではなかった。

自分の台詞だけでなくひとの台詞まで覚えておりこれが舞台では役に立った。

舞台で演じることは、自分ではない誰かに変身することができ今はやり甲斐を感じている。

しかし舞台だけでは食べていけない。東京での一人暮らしは生きるだけで精一杯だ。

モデルや広告等の仕事も来たら必ず受けるようにしているが、それでも足りない。

イベントスタッフは副業としているが、生活ができているのはこの職業のおかげだ。

拘束時間は長いがきちんと時給は出るし、弁当なども出る。チケットノルマも無く自腹で赤字にもならない。

音楽や芸能関係の仕事を掛け持ちしている人が多く人脈作りにもなる。

おまけに正社員ではないので、推しのイベントの日は必ず休める。



推しのイベントは小規模なのでイベント会社は関与せず推し所属の事務所だけで運営している

会場は狭いがその分近くで推しを拝めるそこが良いのだ。


どうにか生きてはいるがこれは周りの人に恵まれていることを実感している。

私は長与紗楽(ながよさら)、芸名は美崎サラ(みさきさら)として活動している。

「はぁーーーーあのヤニカスめ、自分でやれよ」

喫煙所の灰皿を見て悪態とため息をつく。

タバコなんて吸わないのに、なんで私に片付けさせるんだよ。

「…ははっ」
急に笑い声が聞こえてびっくりした。

「あ、すみません気付かなくて」

死角からひょっこり出てきたその人物は細い指でタバコを挟んで笑っている。

全身黒ずくめで青味がかったサングラスをかけているすぐには分からなかった。今回の現場の主役である、人気グループRuby-boyzのメンバーだった。

ずらしたマスクから覗くその唇は血色の良いピンク色で白い肌によく映えている。

その人の名前は─麗(れい)さん─

綺麗の麗、麗しい、名前に負けず劣らず美しい人。

「じゃ、これ捨てておいて」

ふにゃりと笑って吸い殻とジュースの空缶を渡してきた。

何事もなかったかのように颯爽と消えていった麗さんを見送りながら

「あの人ってあんなに可愛く笑うひとだったっけ?」

なんていう私の呟きはたぶん聞こえていないだろう

コンサートが終わっても私達スタッフはまだまだ仕事が残っている。今日の主役たちが帰り急いですべてを片付け家に帰れるのは終電ギリギリだ。



重い体を引きずりやっとのことで自室のベッドに身を投げる。

ずぼらな私はベッドから届く範囲に色んなものを置いている。

疲れ切った休みの日は、ここから一歩も動かなくて良い。推しの動画を観たり、溜まったSNSをチェックしてダラダラと過ごす。

汗だくのまま寝落ちしそうになり、慌てて身体を起こしシャワーを浴びた。そして濡れた髪のままベットに座り、夜食のかわりにアイスクリームを食べる。

自炊をほとんどしない私の冷蔵庫には今、お酒とアイスしか入っていない。

レトルト食品やカップ麺くらいならあるけれどそんなものすら作る気力が残っていない。

そのまま私は、眠りについた。


1K家賃8万円。ここが私の城である。




全19話のリンクです。


美浜えりのオリジナルフィクション小説です。
題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。

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