色なき風と月の雲 17
高校の同級生かぁ…
卒業後、同窓会などにも行くことがなかったので思い出せない。
高校時代はただ時間が過ぎるのを待っていただけだったので、思い出という思い出が無い。
高校生の時からかろうじて連絡先を知っている友人に連絡してみることにした。
〈久しぶり。宮河俊也さんって知ってる?〉
〈覚えてるよ!3年のとき同じクラスだったよね〉
えーっと、そうだったっけ…クラスメイトもほとんど覚えていないんだよなぁ。
長期記憶力の悪さに自分でも驚く。短期記憶力は良いのに。
あれからも宮河さんとは何度か現場で遭遇するようになった。
会うたびに少しずつ会話を重ね、なんとなく彼のことを思い出すことができた。
周りの人に関心が無さすぎた当時の自分を叱りたい。もう少し周りの人と関わっておけと。
大学生の時に私が載ったフリーペーパーを見て、広告業界を目指したらしい。
他人の人生にこんなに影響を与えてしまっていたのか、私は。
嬉しさと、ほんの少し責任感を覚えた。悪い影響を与えないようにしなくては。
忙しく、目の前の仕事をこなしているといつの間にか月日が結構進んでいた。
夏が終わり、涼しくなってきた。
ベランダに並んだ鉢植えから金木犀の甘い香りが漂ってくる。
あれから何度もこの季節を過ごしているのに、その香りを嗅ぐと思い出してしまう。
元々好きだけど、トラウマも兼ねた香り。そんな物を側に置いている自分も自分だ。
─麗さん元気かな
和翔さんから麗さんの話題は一切聞かないし、テレビやネットSNSは最低限しか触らないようにしているので分からない。
新曲が出るたびに和翔さんから貰うCDには、相変わらずなように見える麗さんが写っている。特典映像は見ていない。
歌詞カードの作詞作曲欄は麗さんの名前が並んでいることが多く、きっと作業室に籠もって作っていのだろうということは伺える。
アイドルモードがONになっている麗さんでは、体調やメンタルがどうかなんて全くわからない。
オフモードの麗さんがきちんと過ごせているのかが只管気になる。勝手に私が気にしているだけ。
あの時は自分を守ることに必死で、麗さんには何もできなかった。話し合うことも、ケアすることも私の心のうちを伝えることも。
少し余裕が出てきたから、こうやって気にしてしまう。今更もう遅いのに。
ちょうど撮影していたドラマがオールアップし、次のクールは出演予定が無くオフの日がチラホラできた。
なんとなく、気になったので空白の時期にリリースされたRuby-boyzのCDをネットで一通り購入してみた。
私がコンサートのスタッフをしていた当時から、彼らは忙しすぎるくらい頻繁に曲を出し、コンサートをしていた。
しかし、この数年は少し減っていたようだ。
二桁行くかな、と思っていたけれどリリースされたCDは片手で収まる程度だった。
届いた箱には、キャンペーンとして購入者特典のポスターやらカードやらも入っていた。
丸まったポスターを開いてみると、麗さんが出てきたのでビクッとしてしまった。
ソロのポスターではなく、和翔さんとのペアだったのでなんとか持ち堪えた。
全てのCDのフィルムを外し、パソコンにCDを読み込ませ歌詞カードを開く。
麗さんと出会う前は、あまり曲の歌詞は気にしていなかった。
リズムがいい、雰囲気がいい、なぜだか中毒性があったりサビのフレーズが良かったり。
なんとなくの感覚で好きな曲を決めていた。解散したあの推しの曲も。
歌詞カードの作曲者欄は相変わらず殆どが麗さんの名前で埋まっている。でも、作詞は他の作詞家やメンバーのものが多く、麗さんが書いたものはほんの数曲だけだった。
買ったCDを一通り聴いてみたが、前より圧倒的に恋愛の曲が増えている。
アイドルだから恋愛について歌うものが多いから仕方がないが、そういえば麗さんはあまり恋愛の曲を書いていなかった気がする。
事務所の方針なのか、報道のせいなのかそこらへんはよく分からないが、少し心配になってくる。
─やりたいことはできているのかな。
オフを楽しんでいる間に、次の仕事が決まったようだ。
また和翔さんとの仕事。ネットで配信される化粧品のCMだそうだ。
メイクをする人なら誰もが1度は使ってみたいと思うブランドだ。
この時期ということは、きっとクリスマスやバレンタインに向けた販促のものだろう。
大きな仕事にワクワクしながらも、日々の仕事に邁進した。
遂にやってきた、ウェブCM撮影の日。
いつもの撮影よりも何倍もの気合を入れてスキンケアをしたりエステに行ったり。
ドキドキしながら現場へ向かい、華やかなメイクを施してもらう。
スタジオに向かうと、もう既に本日の相手は到着しておりスタッフと細かい打ち合わせをしている。
足早に向かい、その後ろ姿に挨拶をする。
「本日はよろしくお願いします」
振り返ったその人は、和翔さんではなく
麗さんだった。
「─えっ」
驚く私を見ながら、麗さんは少し気まずそうな顔をしている。
「お久しぶりです。和翔は他の仕事とかぶっちゃって。僕が代役になりました。よろしくお願いします」
和翔さん、そんな大事なことをなぜ連絡してくれなかったの?
マネージャーや他のスタッフだって─
麗さんもお忙しいようで、軽く説明を受けてすぐ撮影に入ることになった。
今回は【キスしても落ちないルージュ】というコンセプトだそうで、キスシーンもある。
聞いてはいたけれど、相手が麗さんだなんて心の準備ができていない。
そんな私をよそに、撮影が始まる。
麗さんの顔がゆっくり近づいてくる。
久しぶりに見る綺麗な顔。長い上向きまつ毛と、キメ細かい白い肌。
見惚れていると、薄く整えられた私の唇に麗さんがルージュを引いていく。
滑らかでほんのり甘い香りのするそれは、私の唇を血色の良い色に変えた。
監督の合図と共に、今度は麗さんの唇が私のものに重なった。
何度もくっついたり離れたりを繰り返し、蕩けてしまいそうだった。
ゆっくりと、麗さんの美しい顔を拝められる距離まで離れると、やっとOKが出た。
とても長かった、ように感じた。実際はそんなに時間は経っていないようだけれど。
緊張から開放され、しばらく放心状態になっていた私に麗さんは
「番号、変わってないから」
そう去り際に囁やき、
「お疲れさまです」
撮了後に貰った花束を片手に帰っていった。
私も同様に、色違いの花束を持って楽屋へ戻る。
深呼吸すると、さっきまで分からなかった懐かしい香りが鼻孔に広がる。
─あのときのタバコだ。
オリジナルのフィクション小説です。
題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。
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