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色なき風と月の雲 6



「来月の第3日曜日ってあいてる?」

ショップで推しのグッズを物色した後、いつものカフェでひと休み。推しの顔がプリントされたカフェラテを混ぜていると、突然羽那ちゃんが口を開いた。


スマホでスケジュールを確認すると、あいていた。

「あいてるよ」


「別グルのコンサートがあるんだけどさ、来ない?」

羽那ちゃんは色んなグループのオタクを掛け持ちしている。


「なんていうグループ?」

「ルビボ!Ruby-boyzっていうんだけど、知ってる?」

─もちろん知っている。麗さんのグループだ

「知ってるよ。でも急に何で?」

「チケットが余っててさ、私の隣なんだけど」

行っても大丈夫かなぁ?あまり詳しくないし。どうしようかと迷っていると

「紗楽ちゃんの好みっぽいメンバーもいるよ!ほらこの人」

私にスマホの画面を向けてくる。


そこには麗さんではない、他のメンバーが。

すらりと背が高く、二重だけど涼しげな目元。醤油顔と塩顔の間のきれいなお顔で、私のドタイプだった。


仕事の関係で名前と顔は知っていたけれど、改めてそう紹介されると気になってくる。

「和翔(かずと)っていうんだけどね、どう?」

「めっちゃ好きな顔!」

─行っても、いいよね?

「だと思った!一緒に行こうよ」
「うん!」





─コンサート当日

「うわぁデッカ」

開かれた扉から階段で少し下り、目の前に広がる大きな空間に圧倒された。

推しのコンサート会場とは比べ物にならない広さだ。


いつも働いている会場よりも更に大きい。しかもアリーナ業務が無かったので、こんな大きさだとは知らなかった。


羽那ちゃんがとってくれた席はアリーナの端の方。舞台を見上げる状態だった。


「はい、これ」

「え、ありがとう」

座席に着くと、羽那ちゃんが団扇を渡してくれた。よく見ると、和翔さんの顔が印刷されたもの。

「実は昨日も参戦してて、買っておいたの。あげる!」

ほらほらと目の前で振り回されたので、ありがたく貰うことにした。


「羽那ちゃんは誰推しなの?」

よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの満面の笑みで、ピンク色の可愛らしいトートバッグの中から団扇を取り出して見せてくれた。


羽那ちゃんが持っているのは─麗さん─


ではなく、また別のメンバーだった

「リーダーの晴真(はるま)くんだよ」

─良かった

安心している自分がいた


「可愛いでしょー!最年長なんだけどね、愛嬌たっぷりでザ王道アイドルって感じなの!」

─なんて、色々話し込んでいたら会場が暗転し、ワイワイした話し声から黄色い歓声に変わった。

オープニングの音とともに、スクリーンにはメンバーの名前が浮かんできた。


─はじまる


団扇と座席に備え付けられていたペンライトを握りしめる。会場はグループカラーのルビーレッドの光で埋め尽くされていた。


初めての広い会場に推し以外のコンサート、そして初めて見る麗さんの生パフォーマンス。どれのせいなのか分からないが、胸の高鳴りがとまらなかった。


音が大きくなり、メンバーが暗闇の中から登場する。人数は多くないが、揃ったパフォーマンスとオーラに圧倒された。


「かっこいい」

「でしょ!」

そこからは言葉を失ったかのように、ただ舞台を見入ってしまった。


舞台や通路を縦横無尽に走り回り、数万人はいるだろう観客にファンサービスをしていく。

ハートのポーズをしたり、投げキッスをしたり、なにかアクションをする度に至るところからキャーという声が聞こえてくる。

この空気感がとても好きだ。 


ふりふりと団扇を振っていると、団扇の人物である和翔くんがこっちに手を振ってくれた。正直、自分に振ってくれているのか定かではないが、やっぱり舞い上がってしまう。


その後もコンサートは続き、徐々にソロステージに突入してきた。

聞き取りやすいリリックと少し高めの声でラップを披露する和翔くんに完全に落ちてしまった。


ラッパーにハマるなんて初めてで、こんなにも耳馴染みの良いラップがあるなんて全然知らなかった。新しい世界を見た気がする。


ルビボの推しは、和翔くんになりました。




麗さんはというと、冷めた目で見下ろしてくるような感じ。ちょっとカッコつけて悪い男風を装っている。そうそう、麗さんといえばこんなイメージ。

そう思っていたら少し照れたような優しい顔をしてギターを抱えて弾き語りなんて始めたので、びっくりした。



繊細な旋律と少しハスキーな麗さんの声が心地良い。アイドルソングを歌っている時とはまた違った歌い方で、ついつい聴き入ってしまう。



ギャップまみれの麗さんに、推しへの好きというよりも


もっと心がときめいて─








2時間を越えるコンサートも、もう終盤。バラバラと始まったアンコールの掛け声に合わせて手拍子していると、

さっきまでは王子様のようなゴージャスな衣装から一変、メンバー達がカジュアルなTシャツ姿で登場した。


今回のグッズのTシャツをそれぞれ思い思いの着こなしをしている。

筋肉自慢のメンバーは袖を切ってタンクトップみたいになっているし、腕まくりしているメンバーが殆どだ。


そんな中、麗さんだけが長袖シャツと重ね着していて暑くないのかなと心配になってくる。


メンバーはさっきより自由に会場を動き回り、ついに麗さんが近くに来た。


一瞬だけはっと驚いたようなような顔をしたが、首を振り真顔に戻し、口角を片方だけ上げニヤッと悪い顔をした。


アンコールでは1曲だけでなく、未発表の新曲も初披露された。


こういったサプライズがあるからオタクはやめられないよね。



終演後、羽那ちゃんと近くの居酒屋へ。とりあえずビールを頼み、乾杯する。

「ちょっと待ってね。セトリアップしたら終わるから!」

そう言ってポチポチとスマホを触っている。

ライブ中も必死にメモしていたし、熱の入り方が凄い。


「セトリってなんのためにアップするの?」

「来れなかった人達もいるし、公演毎に少し変わったりするからねー同じ順番で聴いて、その公演を思い出したりできるでしょ」

私は空間を楽しむことに必死で、セトリなんて覚えたことがなかったので、そういう楽しみ方もできるんだ、なんて感心した。

今までのライブのセトリも探してみよう─



「で、どうだった?」

そう言って羽那ちゃんは、ニヤニヤ笑いながらビールを流し込んでいる。

    

「想像以上だった!和翔さんのラップが良すぎて才能にも惚れちゃった」

「だよね!めっちゃ見入ってたもん。誘った甲斐があったよ」


お酒や料理を堪能しつつ、推しの話に花を咲かせているとスマホが振動した。 



画面には

─麗さん




羽那ちゃんの目の前で出るわけにはいかないので、─ちょっとお手洗いへ─と言って席を外す


「もしもし」

『コンサートに来てたでしょ?今どこにいる?』

「友達と呑んでます」

『そっか、じゃあそっち行ってもいい?』

「は?ダメに決まってるじゃないですか」

電話越しに爆笑する声が聞こえてくる


『はいはい、分かってますよ。また後で電話してね』

電話を切って席へ戻ると、そんなにお酒に強くない羽那ちゃんがふにゃふにゃと笑いながら手を振っていた


─あ、こりゃダメだ

会計を済ませ、荷物と羽那ちゃんを抱えて駅へ向かう。とりあえず自分の家へ連れて帰り、お水を飲ませる。そのまま羽那ちゃんはソファで眠ってしまった。




シャワー浴び、麗さんへメッセージを送った。するとすぐ電話がかかってきたので急いでベランダへ。


「もしもし」

『いま家?』

「はい」


『行ってもいい?』

「友達連れて帰ってきたので無理です」

『えー残念』

明らかにしゅんとしているのが分かる


「コンサート、とても良かったです」

『めっちゃ恥ずかしいんだけど』

照れてる照れてる

「初めて麗さんが歌って踊る姿をみました。ちょっと雰囲気違いましたね。弾き語りもよかったです」

『めっちゃ嬉しい。じゃあ推しは僕ってこと?』

「残念違います」

『え、誰?』

「秘密。絶対教えませーん」 



あの大きな舞台にいた人物と、こうやって話ができるようになるなんて今でも信じられない。



「麗さん」

『ん?』

「この前はありがとうございました。お礼させてください」

『あー、いいよいいよ。体調はもう大丈夫?』

「体調は大丈夫ですけど、申し訳ないのでお礼はさせてください」



暫く沈黙があったあと、麗さんが口を開いた。



『今度僕とデートしようよ』

「ふぁ?」

驚きのあまり、変な声が出てしまった


「外でデートはダメですよ。
誰が見てるかわからないですし」

『外じゃなきゃ良いんだ?』

「え…」

そうきますか。


『誰にも見られないところだから大丈夫。次の第一日曜日空けておいて』

「あの、日曜日はちょっと…」

『えー、その日がいいんだけど。夜だけでも空けれない?』

次の舞台に向けたミーティングとかがあるんだけどなぁ

「分かりました。どうにかします」

『じゃ、また近くなったら連絡する』





オリジナルのフィクション小説です。
題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。

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