色なき風と月の雲 13
あの日からしばらく経ち、徐々に秋の香りがしてきた。
相変わらず現場では主役達に振り回されながら、どうにか踏ん張っている。
いつものカフェ─店長の気分次第で稀にバー営業もしている─に来た。
日が早く落ち、夜の時間が長くなる時期。ここで寛ぎながら考え事をするのが好きだ。
ふわふわに泡立ったコーヒーカクテルを飲みながら、いつものカウンター席に座っていると
「これ、新商品」
そう言って店長がドリンクを渡してきた
「え、クリームソーダですか?」
それは私がよく頼んでいる推し色のクリームソーダ。少し色は違う気がするけれど…
「そうなんだけど、飲んでみて」
勢いよく飲んでみると、ツンとお酒が香ってきた。
「お酒バージョンですか」
「どう?アリ?」
「はい。美味しいです。ストローで飲むと酔いそうですね」
「そうなんだよねー少しアルコール度数低いやつにしなきゃだね」
お酒を飲むとおつまみだけでなく、甘いものも食べたくなる。見た目も可愛いし、私は好きだなぁ。
ぼーっとしながらいつものように過ごしていると、ピコンとスマホが鳴った。
〈そっち行くから〉
麗さんからだ。返信する前に
〈あと5分で着く〉
─もうちょっと早く言ってよ
〈今外なので、少し待ってください〉
そう返信し、私は急いで店を出た。
「お待たせしました。今開けます」
ちょっと怒った様子の麗さんを招き入れると、グッと顔が近づいてきた。
「呑んでたの?」
真顔で聞いてくる。綺麗すぎる人の真顔はとても怖い。
「ひとりで。行きつけのお店です」
「ふーん」
そう言いながら麗さんはいつものようにソファに座る。
「ねぇ、ベランダ出ていい?」
「あ、はい…」
「タバコ吸いたくなった」
最近吸っている姿なんて見ていなかったので珍しい。
灰皿代わりになりそうなものを持ってベランダに行くと、塀にもたれかかりながらタバコをふかしていた。静かな夜景と風に流される煙、月の光に照らされた麗さんの姿はドラマのワンシーンのようでとても絵になっていた。
「これ、灰皿代わりに使ってください」
そう言って渡すと、
「吸う?」
タバコ…
「いただきます」
麗さんの隣で火をつけて軽く吸う。
ほんのりピリッとし、タバコ特有の香りが広がる。肺にはいれず、そのまま吐き出す。
─やっぱり美味しくはない
麗さんは私が吸えることを知らなかったのか、少し驚いている。
売れていなくても、女優をしているのだからそういう役もあるのだ。タバコは嫌いだけど、仕事のためなら仕方がない。
2,3口吸ってから灰皿に押しつけ、
「先入ってますね」
とだけ言って部屋に入った。
部屋が若干散らかっていたので、戻ってくる前に片付けておこう。
結局その日も麗さんは私の家に泊まり、朝早くから仕事に行った。
いつ振りだろうか。所属している事務所に呼ばれた。
滅多に会わないマネージャーは、他の担当の仕事で忙しいようで不在だった。
そして、お偉いさんの部屋に通された。
「はいか、いいえで答えてくれ」
そう言う2度目ましてくらいのお偉いさんの手元には、どうやら週刊誌のゲラのようなものが置かれていた。
「はい、分かりました」
「単刀直入に聞く。Ruby-boyzの麗さんとは交際しているのか?」
「─いいえ」
「家に来ていたのは事実か?」
「はい」
「今回、二人の写真が撮られた。このままにしておくわけにはいかない」
「はい、覚悟しています」
気をつけてはいたけれど、こうなる可能性があることは重々承知していた。
でもやはり、実際に直面すると頭が真っ白になってしまう。
ブルブルと震えだす腕を必死に抑えた。
「とりあえず、一旦今の家は引き払って引っ越しなさい。仮の住居はこちらで用意する。そこは心配するな」
「ありがとうございます」
こんな末端の所属俳優にまで配慮してくれるのはいい会社だな、そんな呑気なことをお考えていた自分は馬鹿だろう。
週刊誌の情報が出回ってすぐ、双方の事務所から交際の事実はないと発表された。
しかし熱愛報道の記事ばかり拡散され、事実を把握していない人がほとんどだ。
案の定、SNSは案の定大荒れだ。
─ショック。好きだったのに
─女の家に行ってる時点でアウト
─相手の女、女優なの?知らねw
─売名だろ
─美人局か?
─麗くん騙されてるんじゃないの
人気アイドルグループのメンバーが熱愛疑惑、ということでトレンドはその話題で埋め尽くされていた。
私のアカウントにもアンチのようなリプが大量に付き始め、フォロワーの数はあっという間に桁が1つ増えた。
増え続けるフォロワーと、拡散される私の写真。
発作のようにまた手が震えてくる。
このままではやばい。そう思い、私は全てを手放した。
オリジナルのフィクション小説です。
題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。
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