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色なき風と月の雲 12

約束の日がやってきた。


とりあえず麗さんが来ても大丈夫なように部屋を掃除し、自分の身支度もしておく。程よく綺麗に、清潔感と緩さを意識した服装に着替える。ちょっと気合いを入れすぎていないか何度も鏡で確認してしまう。

ドキドキしながら意味もなくテレビを観て過ごしていると、ピコンとスマホが鳴った。

〈ごめん、仕事が長引いて遅くなりそう。夕飯は一緒に食べたいから頑張って終わらすね。また終わったら連絡する〉


まだ時間はありそうなので、夕飯は私が作ろうか。とりあえず連絡しておく。

〈なら、私が作りますね。リクエストあれば言ってください。難しくなければ作ります〉


〈オムライス食べたいな〉

すぐ返ってきた返事を見て、愛おしさがあふれる。

オムライスくらい、作れるはず。自分の為には作らなかったけれど、麗さんリクエストだもの。作ろう。

冷蔵庫を見てみると、余った野菜などもあった。野菜スープでも作ろうか。

スープとチキンライスだけ作り、麗さんが帰ってきてから卵だけを焼けばいい状態にしておいた。

〈5分くらいで着くよ〉

そう連絡がきたので、とりあえず自分の分だけ卵を焼いた。

真ん中を割ればとろとろの卵が出てくる、─所謂タンポポオムライス─そんなオムライスが理想ではあるが技量が足りないので、巻くタイプにした。


ガチャガチャと音がし、麗さんが入ってきた。

「ただいまー」

─あなたのお家ではないんですけれどね


「おかえりなさい。とりあえず手を洗ってきてください」

そう返してみると、照れたような表情になった。私も少し照れくさい。新婚夫婦みたいだな。


一緒にオムライスを食べ、一息ついていると

「明日、朝から出かけるから準備しておいてね。アラームかけとくよ」

え、急に?アラームかけるってことは、泊まるんですか?

「どこに行くんですか?」

「秘密。さぁ、お風呂入ってこよーっと」

相変わらずのマイペースさ。何を言っても聞かないだろうし、仕方がない。

疲れていたのか、私が風呂からあがると麗さんはソファで寝息をたてていた。

麗さんの家のソファみたいに立派なものではないので、体がバキバキになってしまう。

そっと抱き上げてみると、骨と少しの筋肉しかなないのか思ったよりも軽かった。

男女逆のお姫様だっこ。壊れ物を扱うかのように、そっとベッドまで運んだ。


翌朝、けたたましいアラームに起こされた。まだ外は暗い。

麗さんのスマホが鳴っているのに、当の本人は熟睡している。

アラームを止め、そっとキッチンへ立つ。

顔を洗ったり、ある程度準備をした後、コーヒーを淹れて軽い朝食も作ってみた。

一杯目のコーヒーを飲み終わりそうになった頃、2度目のアラームが鳴った。

「おはよ」

目をこすりながら麗さんが起きてきた。

「おはようございます。軽めですが朝ご飯ありますよ。食べますか?」

「んー、ありがと」

まだ眠そうにあくびをしながらトーストを頬張っている。

二杯目のコーヒーと、麗さん用甘いコーヒーを淹れて渡す。

傍から見たらカップルの朝だよなぁ。


麗さんは何も言ってこないし、私の気持ちは伝える必要はないかなと思っている。

名前の無いこの関係は…一体何なのだろうか。


ご飯を食べ、やっと目が覚めたと思われる麗さんは、

「用意できたら行こう。荷物は少なくて大丈夫だから」

なんて言ってくる。相変わらずマイペースだ。

朝食の片付けを終え、着替えたら出かけられる。

どこに行くかも伝えられていないので、スポーティでカジュアルなスタイルでにした。

もちろん、顔などを隠せるように帽子を被る。

いつもよりもカジュアルな服装をした麗さんと共に、通りを歩く。まだ早朝だからか人は殆いない。

結局着いたのは駅だった。



「はい、これ」

手渡されたのは、あまり聞いたことのない駅名が書かれた切符だった。

始発なのだろうか、この時間はやはりほとんど人がいない。

ホームに入ってきた電車に乗ると、まばらだが少し席が埋まっていた。

どの人を見ても、下を向いてスマホを触っていたり寝ていたりする。


こんな時間から出勤なのかな。お疲れさまです。

端の方の席に麗さんと座る。

麗さんから無言でイヤホンを手渡されたので、着けてみた。

片耳ずつシェアしたイヤホンからは、夏らしい音楽が聞こえる。


ワイヤレスだから、私達が同じ音楽を聴いているなんて分からないだろう。

ゆらゆらと電車に揺られる。麗さんは帽子を目深に被り、うとうととしている。


私はぼんやりと外の景色を眺めながら、音楽に浸る。

ランダムで流れてくるのは、様々なバンドやアーティストの曲、最近流行りの曲、そして私の推しの曲まで。

わざわざ入れてくれたのかな。可愛いなぁ。

それなのに自分の曲は入れていないあたり、麗さんっぽいなと思う。


電車に揺られること数時間。

どんどん車内には人が増え、外はもう既に明るくなっている。

相変わらず麗さんは横で寝ているが、そろそろ着くのではないだろうか?

スマホで位置情報を調べてみると、あと数駅だった。

危ない危ない。

「次、目的地ですよ」

ちょんちょんと突いてそう話しかけると

「ん」

とだけ反応があった。




着いた。

ホームに降りると、ほんのり潮の香りがする。

そういやこの夏、海に行く余裕なんて無かったなぁ。

「行こ」

麗さんに連れられ、駅舎から出ると目の前には海が広がっていた。

平日だからか、あまり人はいない。

麗さんが何のためにここに来たのかは知らないが、二人でなんとなく海沿いを歩く。

防波堤の上を歩いている麗さんを見ると、色が白くて細いので海が似合わない。

くすっと笑っていると

「なに笑ってんの」

ちょっと怒ったように見える。

「麗さんは海好きですか?」

「入るのは好きじゃないけど、海沿いを歩くのは好きだよ」

「私も好きです。無性に海が見たくなって、ひとりで旅に出たりするんです」


ぐー

朝が早かったせいか、お腹が空いた。

ちょうどいいタイミングでハンバーガー屋さんを見つけた。

それぞれ好きなハンバーガーをテイクアウトし防波堤に座ってかぶりつく。

大きめサイズのハンバーガーで食べごたえがある。肉々しいハンバーグはジューシー。私のはチーズ入りで、とろけて美味しい。

夢中になって食べていると、横からパシャリと音がした。

振り向くと、カメラを構える麗さんがいた。

「ちょっと麗さん、急に撮らないでくださいよ」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」

そう言いながらまたシャッターを切っている。


麗さんからカメラを奪い、フォルダを確認すると


幸せそうにハンバーガーを頬張る私が写っていた。

結構いい写真だと思う。

麗さんがハンバーガーを頬張りだしたので、仕返しにシャッターを切りまくった。連写で。

それに気づいて動く麗さん。フォルダに並ぶ写真を見ると、パラパラ漫画みたいで面白い。

のんびり海辺の街を楽しんだあと、麗さんに連れてこられたのは地中海風の青と白を基調にした建物。

立派なそのホテルに今日は泊まるらしい。

─え。泊まるの。

案内されたのは、目の前に海が広がる広い部屋だった。

まるでヨーロッパに来たみたい。行ったことはないけれど。

荷物は少なくていいと言われていたので、何も用意がない。

汗ばむこの季節、明日も同じものを着るわけにはいかない。




まだ夜というには早い時間だったので、買い物に行くことにした。ついてこなくていいと言ったのに数歩後ろを麗さんが歩いている。いくら人が少ない街だからといって、バレない訳はないだろう。

顔を隠して歩いているから不審者に見える。これはこれで通報されそうだ。


適当に入ったお店で、明日用の服などを買う。広くない店内だが、どの商品も可愛い。小さなアクセサリーもキラキラと輝いていて、いい人に買われたらいいなと思いながらフラフラ。

麗さんも何か買っていたので、先に出て海沿いへ行く。


夕日はほぼ沈み、赤と紫が神秘的だった。その景色に見惚れていると

「帰ろう」

コンビニで飲み物でも買ったのだろうか、麗さんは少し重そうな袋を抱えている。



ホテルで豪華なディナーを楽しみ、部屋で寛ぐ。

ありがたいことに大きなサイズのベッドが2つあったので、気兼ねなくゴロゴロできる。


麗さんはサウナ行ってくる─と言って居ないので、私も温泉に行くことにした。専用の露天風呂があり、誰にも邪魔されない空間なのでゆっくりできる。

海を見ながら温かいお湯につかる、最高だ。


ゆっくり温泉につかって部屋へ戻ると、コンビニの袋を広げている麗さんがいた。

「お、おかえりー」

横にはビールやおつまみ、スイーツが並ぶ。


「麗さん、お酒弱いんですよね」

私の前では酔った姿やお酒を飲む様子は見せなかったので、驚いた。


しかもそれは、あの時一緒に飲めなかったビール。結局私が飲んでしまったんだよなぁ

「せっかくだからさ、飲もうよ。今日だけ。少しにしておくから」

そういって、冷蔵庫から冷やされたグラスを取り出してくる。

プシュッと缶を開け、とくとくとくとグラスに注ぐ。

麗さんはグラスの半分程度、私は上までしっかり泡を盛り盛りと。

「お疲れさまです」

なにがお疲れ様なのか良く分からないが、とりあえず乾杯した。

キンキンに冷えたグラスにビール、最高だ。お風呂上がりに、海を見ながらって。

しかも横には麗さん。贅沢がすぎる。


ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んでいると、麗さんはチビチビと飲んでいた。

「美味しくないですか?」

「苦い」

可愛い。甘党だもんね。


新しく缶を開け、二杯目を飲んでいると

「わっ」

麗さんが抱きついてきた。

むにゃむにゃと口を動かしながら、眠そうにしている。

─いや、可愛すぎる。

「だっこー」

赤ちゃんみたい。

抱きかかえ、ベッドに寝かせた。布団をかけると、ぐるんと寝返りを打ち顔がよく見えるようになった。

綺麗な寝顔をつまみに、お酒を飲む。これまた良い。




翌朝、眩しい朝日によって起こされた。麗さんはまだ眠っている。

目の前の海沿いを散歩することにした。

キラキラと光が反射していて綺麗。

朝だからか、ほんのり冷たい潮風が心地良い。

─海鮮が食べたいなぁ

そう思ってホテルの方を見ると、窓から手を振っている麗さんがいた。

まだ眠そうで可愛い。

「市場に朝ご飯食べに行きましょう。下りてきてください」

そう呼びかけると、すぐ下りてきてくれた。

ちょっと歩けば、港がある。

朝の時間帯に行けばきっと美味しい海鮮丼が食べられるだろう。



電車に揺られること数時間、向こうを出たときにはまだ高かった太陽が今は全く見えない。

家に着くと麗さんは何やら袋を渡してきた。

「あげる」

可愛くラッピングされた袋を開けると、あの時のお店で売られていたトゥリングだった。

可愛いなと思って見ていたことに気づいていたのかは分からないが、嬉しい。

足の指にはめると華奢だがキラリと光り、とても綺麗だった。

手につける指輪よりも、隠すこともできるトゥリングを選ぶなんて洒落ている。

今まで貰ってきたリングとは違い、私のことを考えながら選んでくれたのだろう。とても嬉しい。

「似合ってる。じゃあね」

そうして麗さんは、置いてあった荷物を持って帰っていった。




オリジナルのフィクション小説です。

題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。

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