【ホラー小説】 忌み地 結花子23

 車は昼頃になって安達野村落に戻ってきた。村落から少し離れた谷地に井野家がある。車を敷地内に停めたとき、家の中から夫が出てきた。二日しか経ってないのに、記憶にある夫よりも頬がこけて目が落ちくぼんでいる。具合が悪いのはわかっていたが、一緒に暮らしているときには気付かなかった。 「結花子!」  怒鳴られると思って体を縮こまらせたが、意外にも夫は優しい声音で結花子に話しかけた。 「心配したんだぞ? おなかの子にもしものことがあったらどうする?」  人目もあるから結花子はまず

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【ホラー小説】 忌み地 結花子22

 土曜日の早朝、最寄りの駅で壱央と待ち合わせた。約束通りの時間に現れたのは、ごく平凡な風貌で温厚そうな三十代半ばの男だった。結花子はもっと根暗な人物を考えていただけに内心驚いた。自意識過剰気味に霊が視える、あそこにいるとでも言いそうな人物像とはかけ離れていたからだ。 「初めまして、赤崎壱央です」   律儀にもう一度自己紹介してきたので、結花子もそれに倣った。 「赤崎さんがいれば、安心ですね」  壱央と呼び捨てにしていた亜美も、本人を前にすると改まった態度で話しかけた。

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【ホラー小説】 忌み地 結花子21

「その怪異で、井野さんはこうして家から逃げ出してきた。旦那さんの反対で引っ越しもできなくて」 「どうしたらいいですか?」 「うーん、僕に言えることはその家を実際に視ないとわからないってことです。怪異が起こりえる事由が揃ってますけど、それが実害を及ぼすとなると別ですから、ちゃんと視たい」 「視えたら、祓ってくれるんですか? 変なこと起こらなくなりますか? 夫も元に戻ります?」  電話口の向こうにいる壱央がゆっくりと答えた。 「僕は視えるだけなんです。除霊出来るわけじゃないん

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【ホラー小説】 忌み地 結花子20

 早速友達から連絡先を聞いた亜美がイチオに連絡をしてくれた。事前に事情を知っていたのか電話はすぐに通じて、亜美がスマホを結花子に渡してきた。 「あの、井野結花子です。初めまして」 「どうも、赤崎壱央です。それで、僕に相談って何ですか?」  いきなり切り出されて、なんと言っていいかわからなくなった結花子は押し黙った。 「僕に相談するってことは霊関係ですよね。家に幽霊が出るんですか?」  はいとも言えるし、いいえとも言える。幽霊というものが人間のように姿を現して、足音を立

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【ホラー小説】 忌み地 結花子19

 亜美のマンションの近くにあるコインパーキングに車を停めて、結花子は亜美の部屋を訪れた。すぐに部屋に招き入れられソファに座らされる。低いテーブルに亜美がハーブティーの入ったマグカップを二人分置いた。 「さて、何があったか教えて」  亜美に促されて結花子は引っ越してから順番に起こった怪異を、夫の異変を話していった。仏間の気味悪さ、家全体を包む陰の重苦しさ。毎日掃除しなければ蔓延するカビ、まるで生きているかのような人形たち。言葉に出来ない恐怖をなんとか伝えようと精一杯説明した

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【ホラー小説】 忌み地 結花子18

 夫と人形の対話はそれから五日続いた。毎晩仏間に籠もってつぶやき続ける夫を見ていると、本当に頭がおかしくなりそうになる。夫が出掛けたあと、廊下に背を向けると必ず足音が聞こえた。子供が走り回る気配にビクッと肩が震える。そのうち声も聞こえてきそうな気がしてしまう。振り返ることも出来ず、足音が消えるのを待って部屋を移動した。いつから線香とご仏前を上げなくなっただろうか。仏間に入ることが恐ろしくて何も出来ずにいる。掃除もしていないから、カビがどうなっているかもわからない。下手をすると

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【ホラー小説】 忌み地 結花子17

 数コールで亜美が出たので、息せき切って亜美に人形が怖い、この家はおかしいとまくし立てた。何度も仏間を盗み見しながら、夫がこの声に気付きませんようにと祈った。 「落ち着いて。大丈夫?」 「大丈夫じゃない。どうしよう、怖くて堪らない。寿晶さんもおかしいの」 「おかしいって?」 「人形があったでしょ? あの人形に取り憑かれてる」 「取り憑かれてるって大袈裟な」 「大袈裟なんかじゃないよ。本当にこの家は変なんだって。引っ越したいのに、寿晶さんが話を聞いてくれないの」 「そりゃ越し

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【ホラー小説】 忌み地 結花子16

 車を運転している間中、仏間の人形のことを考えていた。あれが家で起こる異変や夫の奇行の原因じゃないか、と思い詰めた。人形が全てなくなれば、悪夢も異変も解消し、引っ越し前の少なくとも平和だった日々に戻るのではないか。夫に人形をどうにかすることを相談しようとは思わなかった。言えば必ず反対される気がしたのだ。  産婦人科のある町から安達野への道のりは時間的にそれほど遠いわけではないはずなのに、今日に限って渋滞して片側車線通行が延々と続いた。原因が事故だと知ったのは夕暮れになり日が

【ホラー小説】 忌み地 結花子15

 三週間経った頃、真夜中に物音で結花子は目を覚ました。ふと隣を見ると、寝ているはずの夫がいない。眠い目を擦りながら体を起こし、寝室の障子が開いているのに気付いた。トイレかなと思ってもう一度寝直すけれど、いつまで経っても夫が戻ってこない。心配になり、布団から抜け出し廊下に出た。廊下に出てみて、結花子はぎょっとして足を止めた。仏間のふすまが開け放たれている。そっと中を覗くと、真っ暗な仏間に夫が突っ立っていた。 「寿晶さん?」  心配になって声をかけるが、聞こえていないのか反応

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【ホラー小説】 忌み地 結花子13

 早朝、雨戸を開けるために一旦仏間の前の廊下に出たとたん、結花子は悲鳴を上げて足を廊下から引っ込めた。ふすまが閉まっている廊下に日本人形が一体、転がっている。結花子は固唾を呑んで人形を見つめていた。微動だにしない人形へ恐る恐る近づいていき、桐塑を触らないように服をつまんで持ち上げた。四十センチほどの人形なのにずっしりと重い感覚があった。胴体部分に小豆か米か何かが入っているのだろうか。しかし、わざわざ着物を脱がし、胴体を裂いてみたいとは思わない。そんな想像をしたときに夢の中の女

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