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朝里樹「玉藻前アンソロジー 殺之巻」 王道から後日譚までの決定版!

 わが国での知名度はかなり高いにも関わらず、その実像については必ずしも知られているとは言い難い大妖姫・玉藻前。本書は、その玉藻前の姿を描いた数々の作品の現代語訳を収録したアンソロジーであります。

 この宇宙開闢と同時に誕生し、永き時を経て形を成した白面金毛九尾の狐。人々を殺し尽くしこの世を魔界にせんと、中国、印度、そして日本で傾国の美姫に変じ、日本では玉藻前と名乗ったこの大妖怪は、これまで中世から現代にいたるまで、様々なフィクションの題材となってきました。
 本書はその玉藻前を題材とした古典のうち、現代訳の機会に恵まれなかった作品を集めた、実にありがたい一冊。編者は最近、古今東西虚実含めた怪異伝承収集で八面六臂の活躍を見せている朝里樹ですが、まえがきで玉藻前を「憧れであり、理想の妖怪」と宣言している筋金入りのタマモァーだけあって、その愛情と本気度がうかがえます。

 そんな本書に収録されている作品は、
『絵本三国妖婦伝』(読本)
『玉藻の草子』(御伽草子)
『糸車九尾狐』(合巻)
『那須記』(戦記物語)
『殺生石』(謡曲)
と、それぞれ成立した時代やスタイルの異なるもので、それだけで玉藻前というキャラクターの人気が窺えます。
 また、そのほか、玉藻前と関連する事物に言及した関連資料として『おくの細道』『下学集』『臥雲日件録』『甲子夜話』から収録。さらにエッセイや附録で主要人物相関図までと、実に盛りだくさんであります。
(収録作品には詳細に注がついているのも嬉しい)


 さて、その中でも本書の約六割を占め、実質メインと言ってもよいのが『絵本三国妖婦伝』。19世紀初頭に高井蘭山によって記された本作は、宇宙開闢から始まり、玄翁和尚による殺生石破壊(教化)に終わるという長編なのですが――注目すべきは、語られるのが玉藻前の物語、すなわち日本の物語のみではないことでしょう。
 そう、タイトルのとおり、本作の舞台は三国――すなわち中国・印度・日本であり、妖狐が日本に現れるまで、三度姿を変じて国を騒がした物語から語り起こされているのであります。

 その中でも殷王朝を滅ぼした妲己については、これはある意味『封神演義』で有名になりましたが、印度の摩カツ国の華陽夫人、再び中国の周の褒ジについては詳細に取り上げられることは少ない印象で、こうしてその物語が収録されたのは実に嬉しいところであります。
 もちろん、日本での玉藻前の暴れっぷりも詳細に描かれ、まず玉藻前、というより九尾の狐については本作を読んでおけば間違いなし、という印象です。


 しかし個人的にそれ以上に嬉しかったのは、山東京伝の『糸車九尾狐』。これがなんと、九尾の狐が那須で討たれて殺生石と化してから、玄翁和尚の手で教化されるまでの間を埋める物語――しかもそこに安達ヶ原の鬼婆(や鶴の恩返し)のエッセンスも加えたというのだからたまりません。

 内容としては、殺生石と化してもその怨念は残っていた九尾の狐が、蝮婆なる老女に取り憑き、自分を那須で討った三浦義明の子孫である三浦安村に祟るというのが物語の発端。この安村は三浦泰村のもじりで、実際に義明の三代後の子孫である泰村は、鎌倉中期にいわゆる宝治合戦で滅んでいますが――その史実を巧みに物語に絡めているのが嬉しいところであります。

 メインとなるのは、安村の子や忠臣たちが、お家復興のために艱難辛苦に耐える姿で、これはある意味定番の展開ではありますが、九尾の狐の物語のある意味ミッシングリンクに宝治合戦と安達ヶ原の鬼婆を絡めるというのは、これはやはり京伝ならでは――と大いに唸らされた次第です。


 というわけで王道の作品から、意表をついた後日譚まで、様々収録された本作。「殺之巻」というタイトルからして、これは――という感じですが、やはりどうやら全3巻構成らしく、続巻の方も大いに楽しみにしているところです。


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