【小説】SAVERS特別作戦任務 ラストバタリオン 最終話


前回。

 刹那の一撃は、その影を月光と共に切り裂く。
 乗られた影の、重みにたわむ電線はその堕ち行く様を只眺めるばかり。

 想いは同じ。
 握り締める殺意も、きっとそうだったろう。

 しかし、力が違った。
 手刀は、刀の隙間をかいくぐり、その剣鬼の腹部へと通り過ぎて行った。

「カカ……天晴。ようやっと、ようやっと報われる」

 残ったのは、魔人ただ一人。
 電柱の下、炎の中に消えていく最期の武士の姿は、過去の英霊となれる事に満足しているようだった。
 見届ける者として、残った魔人はただ、手に着いた血を振り払い呟く。

「――安らかに眠ってくれ、仲間の元へ逝けたのなら。お前達が憂う程、まだ落ちぶれてはいないよ」

 魔人は、電柱から飛び降りて炎の海と化したその場所を駆け巡り、目指す。
 ――――友の元へ。


 モーゼル拳銃を握り締め、男は目の前の、満身創痍の者にそれを向ける。
 穴の空いた胸を押さえ、壁に寄りかかる男に。
 佐塔は血を吐きながら、激昂する。

「――――貴様が裏切るとは思わなんだぞ、は、恥を知れヤンティス・フォン・ヴォルフガング!」

 何度も、銃声を響かせる。
 男が息絶えるのを、認めるまで。
 
「|Wenn zwei sich streiten, freut sich der Dritte《終わりの時だ》

 血を流し、その場に息絶える佐塔を眺め、静かに呟く。
 その近くで、倒れていた大男の腕を引っ張り上げ、肩に回してその場を去るヤンティス。
 割れたショーウィンドウをくぐった時、ビルが崩落していく。
 土煙によって炎が消え、ヤンティスは左右を見渡すと、そこには白髪の魔人がじっと、ヤンティスの碧眼を見ていた。

「主人を裏切り、お前は一体どうするつもりだ? そいつは、起き上がればお前を撃つかもしれないんだぞ? 何も知らない内に」

 ヤンティスは、無言で魔人から顔を背け、側にあった車の残骸のドアを開く。
 快をそっと、残骸の座席に乗せてドアを閉めると、振り返って再び魔人の方を向く。

「母国語が流暢だな君は」
「この世には6900ぐらいの言語が現存していると言われている。たかがドイツ語、話せていてもおかしくはないだろう。それより、何故そいつを助けたのかを答えてもらおうかブルスト野郎」
「思い出したんだ、俺が帰るべき場所を。そして、何の為に戦っているのかも」
「この感じ――――快の部下が間もなく来るだろう。お前が楽になるのなら聞くぞ? 世紀の大悪党」

 グリードは車の残骸に腰かけつつ、黒衣のポケットからビール瓶を取り出し、投げ渡す。
 瓶のラベルを除くと、そこには”alt”の文字が刻まれていた。
 それを見て、微笑み栓を開け、口に中身を放り込むように飲み干す。
 
 果実を思わせる、豊かな香り。
 それに含まれる、豊潤な旨味――苦みと仄かな甘味。
 
 懐かしい。
 父もこれを好んでいながら、反骨心から内心ではこんなもの飲めたものじゃあないと思い込もうとしていた時期を思い出す。
 全て――この一本すら、飲めないが為に起きた事だったのかもしれない。
 

「国債の緩和だけじゃ、お前達の気持ちも緩和出来なかった。だから集団でなんとかしよう、してもらおうと縋った末がこれなんだ。まだもがける機会はあるぞ?」

 笑って、膝に肘を置きながらグリードは語る。
 それに、鼻息を飛ばして返す。

「俺も、奴も感情に振り回された時点で結果は決まっていたのだろうな。俺はもう戦わん。仮に、奴の研究していたオカルト技術が俺を過去の時代に帰せたとしても待っているのは戦勝国による制裁だけだろう」
「ならそれを受ければ良い」
「制裁を受けるのは屈辱だ、未だに俺のやってきたことは間違ってはいないと思うしな」
「じゃあ、これからどうするんだい人間」
「俺は、総統程の弁舌の才もクルト曹長程の運転技術も持ち合わせていない。だが、俺にはプライドがある。こうして、支配すべき場所が焦土になった時点で支配が長続きはしないとも思うしな」

 瓶を一気に飲み干し、その場に置いて踏みつぶすヤンティス。
 覚悟を決めたかのように、銃を握り締め、こめかみにあてる。

「――――Danke」

 撃鉄が、引かれた。
 その時、朝日が昇っていった――――。


 しばらくして、4人のSAVER隊員を連れた薔薇ヶ咲が車を発見する。
 薔薇ヶ咲が指で周囲を警戒しつつ侍るように合図しながら、その車から局長を見つけ出すと、激しく揺さぶる。

「局長! 局長……死なないでください……折角、折角何もかも壊せたのに……あなたが居なかったら、僕は、僕らはどうすればいいんすか……!」
 
 薔薇ヶ咲は泣きながら、その男の体を揺さぶり続ける。
 激しく揺さぶられた勢いのまま、快が後頭部を座席に打った時。

「うぐ……全く、重傷者を、激しく揺さぶってヒステリックに泣けだなんて、誰が教えたんだ? ふ、ふふ」
「きょくちょお!」
 
 局長が、生きていた。
 それを確かめるように、薔薇ヶ咲が思い切り抱きしめると咳き込む。

 愚直なものだな。
 そう思いながら、咳混じりに笑う。
 浴びた朝日は、眩しく――尊いものだったに違いない。


 この後、SAVER隊員は残った隊員総出であらゆる設備の復旧作業へと赴いた。
 
 快は怪我によって局長を辞退しようとしたが、隊員全員の支持によって結局続投。

「そこまで言うなら君達を死ぬまで食わす覚悟だ。だがその代わり、ボケ始めた時は素直に引き下がれよ」

 と、基地の医療室で絞るように出した言葉は録音までする者も居たらしい。
 
 旧イタリア軍の男は、というと現地で迷惑をかけた事を詫び、SAVERSにて拘束、という名目でボランティア活動に助力したとか。
 やはり、そこは典型的なイタ男らしく平和的だ。
 
 彼らが徹底的な破壊をした分、復興には時間がかかるだろう。
 彼らの怒りは、悲しい事に、どこから来たのか理解もできない者も出始めているに違いない。
 
 怒りを理解できなくとも、きっと彼らが失望しきるような実態の未来ではない筈だ。
 これからも、きっと。

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