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[伝奇小噺]○○のヘキレキ[ト説]

 今回、聞こえてきたのは、今普及している『聖典』の成立年代が実は十七世紀だったという奇説。
 教科書的な歴史からすると、まさにトンデモです。古代ローマにおいて「木」教が国教になった時点で、明文化されたものがあったと思うのですが、その当時のものと今のものとは違うというのです。

◇ 予習 または おさらい ◇

*1世紀 27書が成立(○○の手紙、福音書、使徒行伝等) 
1世紀には(すなわち書かれてから数十年間)は、個々の福音書や書簡は礼拝の時に読まれる重要な書物となっていきましたが、旧約聖書のような正典化を必要としませんでした。しかし実際には、書き写され、回覧されていく中で玉石混合状態から徐々に重んじられる書の選別が無意識のうちに進行していました。
 2世紀になるとローマのマルキオンがまず独自の正典を定めました。
144年 マルキオン、教会会議では異端宣告される
(トマリエ注:マルキオンを裁いた関係で、正統的教会としての「正典」を定める機運が高まった)
*2世紀 書物のリストとして「新約聖書」の言葉が使われはじめる

*2世紀から3世紀
 使徒後に現れた使徒教父と呼ばれる人々が、多くの異端と闘い、正統的信仰を守った。どんなにすばらしく見え、もっともらしい教えであっても、あるいはこれは主イエスの言葉であると言われたとしても、最初の使徒からの確かな伝承でないものは排除された。

*397年の第三カルタゴ会議
 全教会的に27書のみの正典性が宣言された

*重要な写本
 ・ヴァティカン写本 : 最も重要な写本で4世紀。牧会書簡やヘブル書の一部、黙示録などが欠けている。旧約聖書を含む。
 ・シナイ写本(アレフ):シナイ山の聖カタリナ修道院で発見されたのでこの名がある。4世紀。新約聖書の全巻と旧約聖書の一部。
 ・アレクサンドリア写本:アレクサンドリアで5世紀に作製されたと推定。一部欠損がある。旧約を含む。
 その他断片を含めて新約聖書の写本は5300ほどあり

出典 新約聖書の成立(と構造) 芦田道夫
http://www.jhcs.org/_src/sc27/hukuin14.pdf

 当記事はトンデモなので上記の記事は直接は関係しませんが、このようにきちんと勉強すればするほど、『聖典』の由緒、正統性を信じることになると思うのです。
 ところが、四世紀に成立した『聖典』と、今日の『聖典』は同じではありません。まったく同じであるわけがないと屁理屈を云ってるのではなく、そのズレに作為はないのか? ということです。
 翻訳する、現代語に直す、わかりやすい表現にするという過程での「改善」が、何を基準にしての「善」なのか。今の憲法改正の議論を思い浮かべれば、わかりやすいかと。まったく中立の改正などあり得ませんから。

元資料の詳細な考証 と 後世行われた再編集の話は別!


十七世紀に何があったのか?

(トマリエ注:十七世紀頃まで)ローマ・カトリック教会では聖職者がその知識を独占していたため、ラテン語もギリシア語も読めない中世の農民、庶民は聖書を読むことができず、彼らの信仰の拠り所は聖書ではなく教会の聖職者の説教であった。
 カトリック教会の説教は次第に本来の聖書から離れることとなると、それに対する批判がおこり、14世紀のイギリスのウィクリフは初めて聖書を英語に訳したが異端として弾圧された。
 16世紀の宗教改革が起こり、ルターがドイツ語に翻訳し、また、それがルネサンス期のグーテンベルクらが改良した活版印刷によって普及し、はじめて一般庶民が読めるようになった。

出典 世界史の窓 https://www.y-history.net/appendix/wh0103-143.html


トンデモ頭のわたしに察せられた事実経過はこうです。

 ルター(1483年11月10日 - 1546年2月18日)が、『聖典』を根拠にして権威や組織への批判を開始しました。当然『聖典』がとても重要になります。議論の際には弁護士の六法全書のようになるわけで、確かな『聖典』を選ぶ必要があります。

 この時代には正統派教会の「正典」が存在していたはずですが、時間が経つと、さまざまなバリエーションが出来てしまうのが世の常で、まずその可能性があります。
 少し具体的に云うと、布教には地域性や相手のことを配慮する必要があります。伝統色の強い地域や人たちには、奇跡の話や神に背いた罰の話のほうが有効でしょう。一方、都市部や知的な人たちには、論理的、合理的な説明のほうが説得力を持ちます。つまり、多様なニーズに応じて正典が分化していたと思うのです。聖母マリアを中心にした布教もあったくらいですから。

 バリエーションがあるということは、ルターに馴染む『聖典』もあれば、正統派教会に馴染む『聖典』もあったことになります。さっきも云ったように平時なら、それぞれの立場で使いやすい『聖典』を使えばいいんですが、対立が激しくなればそんなことは云ってられません。正統派教会とすれば、少しでも自分たちに有利な『聖典』に一本化したい。
 まずその段階があり、事態はさらに進みます。
 ルターが自分で訳した『聖典』を発表したからです。そうなると正統派教会としても、新しい訳を発表する必要に迫られます。専門職にしか理解できない言語や難解な云い回しではなく、広く多くの人々に読んでもらえる訳。大変な作業ですが、大幅に書き換えられる絶好の機会! 

十七世紀に作られた『聖典』とはそれではないのか


 インボーロンみたいで、イヤだなあ という方もおられるでしょう。そのあたりは、とてもセンシティブなことなので立ち入るつもりはありません。フィクション、頭の体操として読んでいただければと思います。

 たた、書き換え=インボーロン で話が終わってしまうと不本意なので、もう一つ、頭の体操を紹介させてください。

『万葉集』も『記紀』も、いずれも平安時代以降のものしか現存していません。そこから、次のようなことが考えられます。

・何らかの古書はあったんだろうけど、それを自分たちに都合の良いものに書き換えたんじゃないの? だってものすごい労力(お金)をかけないと古書の再生なんてできないから。お金をかけるなら、こうしろああしろと……

 まさかと思われるでしょうが、国は戦争だってやるのです。云い換えれば、神話や国史は内容いかんで戦争の火種にもなるし戦争の抑止にもなる。書き換えることで戦争が回避できるなら、それは政治的にはたぶん正義。

 たとえば、
 激戦を繰り返し、何度も滅亡の危機に直面しながら、なんとか勝利して生き残ることが出来た……。そういう神話をもっている宗教や民族と、
 譲り合いや和を尊重する歴史を持っている宗教や民族が、後世、同じ道を歩むでしょうか?

「歴史の浅い王」と「神代から続く王」と、いずれが攻撃されやすいか? ということもあります。
 国史を編纂する立場で平和を願えば、○○時代以前の王家と今の王家は別だ、とは書けないでしょう。そんなことを書けば、それこそ戦乱の種を蒔くようなもの。

 これも頭の体操です。歴史的事実については専門書をお読みください。

 今のたとえ話は政治的な動機についてですが、『聖典』だって、台頭してきたルター勢力との関係は、相当部分が政治的問題でした。
 ルターに実力闘諍の考えがあったとは思いませんが、教会サイドには相当の危機感があったと思われます。なにしろさんざん異端の弾圧、魔女狩りなんかをやってたんですから! やったものはやられる恐怖にかられます。
 そんな心理で『聖典』の再編集をやれば、どうなると思います? やはり争いを強く意識した内容になると思います。よく知らないので具体的なことは云えませんが「旧」のほうは相当血なまぐさいと聞いています

 でも、本命は「新」のほうなので、そっちの書き換え例を解説できれば良かったんですが…… わたしに語れる範囲はここまで。真相解明を期待された方、申し訳ありません。わたしはトンデモはトンデモでもお笑い系なのでご勘弁~

それにしてもあの『聖典』がわずか四百年前のものだったとは…

これこそまさに 聖典の・・・・



見出し画像は kawagoetsuvasaさんの作品です。
ありがとうございます。


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