今野直樹&平山雄一『明智小五郎回顧談』 名探偵の伝記にして伝奇物語

 伝記には、その人物が後世知られる姿になるまでを追う中に、ある種の謎解き的な面白みを感じることがありますが、それはフィクションの人物でも変わらないようです。本書はあの名探偵・明智小五郎が自分の半生を語る一種の伝記物語。しかしその内容はむしろ伝記というより伝奇的であります。

 昭和39年、既に一線を退いていた明智小五郎のもとを訪れた蓑浦元警視庁警部補。警視庁史編纂の一環で、小五郎の業績を記録に残したいという彼の言葉に答えて、小五郎は少年時代から今に至るまでを語り始めます。

 英国人の父と日本人の母の間に生まれたため、少年時代は周囲のいじめに遭いながらも、たくましく成長し、一高に入学した小五郎。その頃、従兄とともに百面相芸人の舞台を見物した小五郎は、その芸に感服して教えを請い、自らも変装術を極めることになります。
 やがて帝大を卒業した小五郎は、父親同様の探偵を志し、団子坂で下宿するうちに、古本屋を営む青年・平井太郎と知り合い……

 「D坂の怪事件」で初登場し、以降様々な怪事件・難事件に挑んできた明智小五郎。しかしその初登場以前の経歴は明確ではなく、ある意味その好敵手の怪人二十面相並みに謎に包まれているといえます。
 本作は、推理小説研究家であり、事件発生順に刊行された集英社文庫の『明智小五郎事件簿』のベースとなった年代記を作成した作者による、明智小五郎の伝記――の漫画版であります。

 もっとも、その初登場以前はさておき、「D坂」以降の小五郎の人生は江戸川乱歩の作中にあるとおりでは、と思ってしまうわけですが――そこを巧みに江戸川乱歩の他の作品、いやそれどころか様々な「外の」名作を取り入れて、伝記ならぬ伝奇物語として仕立て上げているのが本作の楽しいところでしょう。

 何しろ冒頭で登場する小五郎の従兄が本郷義昭なのにまずニヤリとさせられますが、その後登場する別の従妹の名が「勢子」なのにムムッと来て、さらにその弟が「平吉」なのにハハァ、となる――冒頭1/4でこれであります。
 その後も、当然ながら(?)北見小五郎とは同一人物(というか本作では北見の名は出ないのですが)だったりと、私程度のファンでもニッコリできる展開が目白押しであります。(ちなみに漫画版はかなり刈り込まれておりますが、原作はこの辺りのマニアックな引用はかなりの分量となっています)

 しかしその中でも最大の爆弾が、中盤(この漫画版の上巻終盤と下巻冒頭)に待ち構えています。
 そもそも、本作最大のオリジナル要素は、小五郎の父が英国人だという点かと思いますが、その父が探偵で柔術を習いに来日した過去がある(その際に小五郎の母と出会った)――とくれば、どう考えてもあの人物としか思えません。

 しかしさすがにこれは匂わせ程度だろうと思いきや、中盤で思い切り本人が登場。しかも同時に登場するのはビルマの高等弁務官ネイランド・スミス(相変わらず、勢いはあるがあまり役に立たない……)なのですから何と評すべきか。
 もちろん、スミスの宿敵氏も登場するのですが、その暗殺者が実は――と、乱歩作品ととんでもないクロスオーバーをするのには仰天しました。

 ここまで来ると流石に生真面目なファンはどう思うのかな、と心配にはなりますが、私のようなクロスオーバー狂いにとってはたまらない展開であります。

 その後、小林少年や怪人二十面相といった人気キャラクター(さらには黒蜥蜴)が登場し、ラストにはちょっとした一捻りもあって――と、サービス精神旺盛な本作。
 作中で「現在」の小五郎は、自分は既に時代遅れの存在と幾度も語るのですが、それを再び蘇らせるために、原典の要素を丹念に拾い集めると同時に、様々なクロスオーバーで物語を活気づかせたというべきでしょうか。
(もっとも、熱心なファン/マニアの作品にままあるように、その原典の要素を余さず拾おうとするあまりに、物語の展開が予想できてしまう部分もあるのですが……)

 なお、先に述べたように本作は先に刊行された小説の漫画版。漫画化を担当したのは、ベテランの今野直樹ですが、アクションをはじめ様々な要素と多様なキャラクターが交錯する内容を――先に述べた膨大な引用を整理しつつ――巧みに描き出していると感じます。
(また漫画という形式ゆえか、途中に入る二十面相サイドの回想にも違和感がありません)
 絵的にも、小五郎はもちろんのこと、特に怪人二十面相が実に格好良く、ちょっとこの絵で少年探偵団ものを見てみたいと感じてしまった次第であります。


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