妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』:「由井正雪と魔槍『妖滅丸』」(⑰拾漆)" 青龍と茜、二人の前に突如現れし真田十勇士…”
ここは柳生家江戸下屋敷から、そう遠くない山寺の境内…
拙者は柳生茜殿と一緒に、食後に夕涼みの散歩に出たのだった
最初は、拙者一人で歩きながら考え事をするつもりだったのだが、茜殿が拙者に向かって
「ぜひとも、ご一緒致しとうございます…」
と、直接に希望を申して来られた故、断るのもはばかられ… 二人伴だっての山寺への散策と相成ったのである
茜殿の兄、柳生十兵衛殿に冷やかされたのには
拙者も茜殿も真っ赤になって閉口した
拙者は思いもかけぬ茜殿からの申し入れを内心嬉しく思ったのだが、十兵衛殿の手前…面に出さぬ様に非常に苦心した
道中、喋るのはほとんど茜殿だった
拙者はと言えば、茜殿の明るい振る舞いや愛くるしい笑顔に見惚れてばかりで、彼女の話に頷いたり時々相槌を打つ程度だった
それでも、茜殿が問いかけてくる話題には真面目に答えるべく口下手な拙者が柄にも無く、汗をかきながら考え考え一生懸命に相手をした
あの沢庵和尚と禅問答をするよりも拙者には難しい事であった
それでも拙者にとって、初めて経験する楽しいひと時であった
山寺からの帰り道…
今宵は、晴天に浮かぶ満月と満天の星々に照らされて足元も明るく、提灯が無くとも危なげ無く夜道を歩く事が出来た
拙者と茜殿が山寺の境内と麓の町を繋ぐ小道を並んで下っている途中であった…
突然、拙者の腰に帯びし魔剣『斬妖丸』が激しく震え出した
この剣の震えは拙者には馴染み深い感触で、『斬妖丸』が妖に近付いた証ともいえる兆候である
しかし、この激しい震え方からすると妖はかなり近い…
拙者が身構えたのを見て、隣を歩く茜殿も何事かが起きたと即座に感じ取っていた
流石は女子とは言え、柳生新陰流の剣の達人…
拙者が注意を促すよりも早く、すでに胸元に忍ばせた懐剣に手をかけていた
今宵の茜殿のいで立ちは女子らしい装いであった為、持ちたる武器と言えば胸元に差した一振りの懐剣のみ…
拙者は茜殿に寄り添い、いつでも彼女を護れる構えを取った
「ふふふ… 流石は『妖狩りの侍』殿と言ったところか…
我らの気配によう気付きおった…」
突然、小道脇の林の暗がりから声がした
拙者は『斬妖丸』に左手をかけ、鯉口を切った
「何奴じゃ、その方らは…?
何者どもかは存ぜぬが…今の其方の口ぶりでは、拙者達の素性を知った上での襲撃と解釈せざるを得んが…」
拙者は声のした方に身体を向け、茜殿を背後に護りながら声の主に誰何した
「ふふふ… 『その方ら』ときたか…
こちらが複数なのも見通しておるとは恐れ入ったわ…
では、名乗り申そうか
儂の名は猿飛佐助幸吉じゃ…
先の戦国の世において、『日本一の兵』と呼ばれし真田信繁(幸村)様が家来、真田十勇士と名乗りし集団の一人…」
そう言いながら林の暗闇から静かに姿を現した人物は、黒っぽい忍び装束に身を包んだ身の丈五尺三寸(159cm)ほどの中肉で、名乗りし名前の通り猿の様な面構えをした男であった
しかし、この男には全くと言っていいほど隙が無かった
そして… 林の木をメキメキと乱暴にへし折りながら、もう一人の男が暗闇から姿を現した
「拙僧も同じく真田十勇士が一人、三好清海入道じゃ」
気味の悪い笑いを浮かべた顔で名乗ったのは、身の丈が六尺八寸(約204cm)、体重が五十貫(約190kg)はあろうかという巨漢で法衣を身に纏った見上げるほどの大入道であった
『斬妖丸』は刀身の震わせ方で周辺に潜みし妖が、この現れた二名のみである事を拙者に告げていた
『斬妖丸』の妖を感知する能力に間違いは無い…
拙者は身構えつつ、現れし男どもに言った
「ほう… これは異な事を承るものよ…
拙者の知る限りでは、史実において真田信繁(幸村)殿も配下の真田十勇士の面々も『大坂の陣』にて見事に討ち死に致された筈…
今は亡き、音に聞こえた真田十勇士のお二方が斯様な場所に今頃おられるはずがあろうや…?
その方ら二人から、妖の匂いがプンプンしておる事を説明して頂きたいものだが…如何でござろう?」
拙者は二名の妖しい者達に問いかけながらも決して油断はせず、茜殿を護るべく自分の背中を彼女にくっつけんばかりに寄せた
「ふふふ…清海よ、やはり『妖狩りの侍』殿には隠し通せぬようじゃわい
いかにも、その通りじゃ…
我らは御屋形様もろとも『大坂の陣』にて目覚ましい活躍を示した後、徳川方との合戦で既に命を落とせし身…
今、其方の目の前に居る我らは、冥府より妖の力を借りて黄泉帰りし者じゃ」
拙者は妖を狩るのを生業とする身の上… この者どもの語るのを聞いても何ほどの事もない
だが… さしもの柳生新陰流の達人の茜殿でも、本物の妖を目の前にしては恐ろしくても無理は無かった
ひたすら懐剣を握りしめた茜殿は、拙者の背に寄り添うように立ちながら可哀そうにブルブルと震えていた
「で…? その黄泉帰りし死人殿達が、斯様な時刻に拙者達に何用でござる?
用が無いのであれば我らは先を急ぐ故、これにて失礼致しとう存ずる…」
答えが分かっている事なれど、拙者は敢えて口に出して相手に問うてみた
「ふふふ… 我らの用向きなど知れた事よ
今宵… 我らは御屋形様の命により、其方の首をもらい受けるために参った
話には聞いておるが、先日の様に柳生但馬守と十兵衛親子に加え怪しげな坊主どもは誰一人として、この場には居らぬ様子… 見れば供の者は可憐な女子一人だけ…
我ら真田十勇士の猛者二人を、その娘を護りながら一人で相手出来るかな…?
其方を殺した後で、その娘は酒の肴に我らが代わる代わる容赦なく何度も犯し、さんざんに嬲り者にしてくれようぞ…」
下種な表情を浮かべた猿飛佐助が、舌なめずりをしながら言った
今の佐助の発言を聞いた途端、拙者の頭の中で何かが音を立てて弾け飛んだ…
「許さぬ! 貴様ら下種な死人風情が、よくも茜殿に侮辱を申したな!」
拙者は言うが早いが『斬妖丸』を抜き放った
そして、電光石火の勢いで猿飛佐助《さるとび さすけ》の所まで一気に跳躍し、『斬妖丸』を袈裟懸けに斬り下げた!
「手応えあり!」
普通ならば今の『斬妖丸』の袈裟斬りで、猿飛佐助の胴体を血しぶきと共に右肩から左腰まで斜めに真っ二つにした筈だった
だが… 拙者が手応えと感じたのは一本の杉の木であった
「おのれ、猿飛! 変わり身の術か!」
『斬妖丸』が震え、握る拙者に振動で猿飛佐助の位置を報せてくれた
「猿飛、そこだ!」
拙者は背後を振り向きざまに『斬妖丸』を横一文字に薙ぎ払った
「ぐはっ!」
気配を完全に断ち、今まさに背後から忍者刀で拙者を斬らんとしていた猿飛佐助の右腕が、血しぶきと共に握った忍者刀ごと宙に舞った!
「おのれ… 青龍とやら… 完全に気配を断っていた儂の正確な居場所と腕の位置が、何故貴様に分かったのじゃ?」
左手で斬り落とされた右腕を拾いながら、猿飛佐助が憎しみに満ちた目で問いかけて来た
「拙者には、この魔剣『斬妖丸』がある
『斬妖丸』は妖の血を啜り、その妖力を我が物と致す妖狩りの剣…
貴様らの様な魔界の者や妖には敏感に反応するのじゃ
妖狩りを生業とする拙者にとって、妖を見つけ出す目であり耳であり鼻でもあると言える存在なり
貴様が妖の一員であるならば、拙者にとって見つけ出すなど造作も無い…」
猿飛佐助の血が滴る『斬妖丸』を構え直し、佐助を見た拙者は目を見張った
佐助が左手に持った切断された右手の断面同士を少しの間くっつけたままにしたかと思うと、佐助の右腕は拙者に斬られる前の元の状態に戻ったのだ…
拙者は驚きと共につぶやいていた
「こんなにも早く元通りに修復するとは…」
すぐに佐助は復元した右手に忍者刀を握り、拙者に向かって構えを取って見せた
「へへへ… どうだい、青龍さんよ
儂は元来甲賀の流れを汲む忍者だが、今のは忍法でもまやかしでもないぜ
『大坂の陣』にて討ち死にした後に儂が手に入れた妖の力よ
儂らは、二度と死なない身体になったのさ…」
自慢げに言い放つ猿飛佐助が見せた右腕の合わせ目は、既に癒合が終わったらしく完全に消えていた
完全体に戻った佐助に対し、拙者が『斬妖丸』を構え直した時だった!
「キャーッ!」
絹を裂く様な茜殿の悲鳴が辺りに響き渡った
「しまった! 茜殿っ!」
拙者は佐助に対峙しているどころでは無くなり、すぐさま彼女の悲鳴がした方を振り返り走った
するとそこには… もう一人の真田十勇士である三好清海入道が、茜殿のすぐ間近に迫っているところだった
見ると、七尺(約210cm)はあろうかという六角棒を左手に持った三好清海入道が長い右腕を伸ばし、大きな手で今にも茜殿に掴みかからんばかりだった
清海入道の伸ばす右掌に茜殿がエイッとばかりに突き刺した懐剣を、何と言う事か… 抜きもせず刺さったまま握りつぶしてしまった
「いかん! 出でよ、『水竜』っ!」
拙者は茜殿に向かって走りながら、『斬妖丸』を左手に持ち替え、右手で『時雨丸』を抜き放った!
「キシャアアァーッ!」
抜き放った魔剣『時雨丸』は刀の付け根の茎より激しい水流をほとばしらせた
噴き出した水流は見る間に竜の形へと姿を変えていく(※1)
「水竜! 茜殿を守れ!」
拙者の命令を聞いた水竜は、清海入道の背後から右へと回り込むと至近距離で激しい水を口から噴き出し、大砲のような威力を持つ水流を清海入道の右わき腹に一気に叩き込んだ
恐らく寺の梵鐘を、数人がかりで思いっきり勢いを付けた撞木で叩いたほどの衝撃だっただろう
清海入道の右わき腹の肋骨は、全てばらばらに砕けたに違いなかった
激水流をぶつけられた清海入道は茜殿に右手を伸ばした姿勢のまま、左方向へと間にあった木をへし折りながら四間余り(約7.5m)も吹っ飛んだ
「バキバキバキッ! ズシーン!」
清海入道の巨体は、数本の木をへし折った末に太さが一間(1.8m)余りの巨木の幹にぶち当たってようやく止まった
水竜の口から吐き出す放水はそれほどの威力があったのだ
放水の後も水竜は、清海入道と茜殿の間の空中に居座る様に漂ったままだった
水竜は拙者の命じた通りに茜殿を護っているのだ
普通の人間ならば巨木に叩きつけられた衝撃で当然、全身の骨が折れ五臓六腑全てが破裂していたに違いない
だが… 佐助と同じく清海入道もまた、不死身の化け物であった
水竜の放水でずぶ濡れになった身体のまま…何事も無かったかのように立ち上がり、まるで凝った首と肩をほぐすかの様に両腕を勢いよく振り回し始めた
「まったく… 突然の水浴びで、拙僧の一張羅の法衣がずぶ濡れだわい
風邪を引いたらどうするんじゃ…」
何と… 清海入道は全身骨折の心配よりも、風邪を引く事の方を心配しているかの様にブツブツとつぶやいていた
いや恐らく、如何なる病気にも罹る筈はあるまい…
「化け物どもめ…」
拙者は元真田十勇士だった二人の、生ける屍と化した姿を順に見つめながら茜殿の元へたどり着いた。
「茜殿、お怪我は?」
拙者にとって何より気がかりなのは、茜殿の無事についてだったのだ
恐らく現在陥っている状況と彼女への心配の余り、当の茜殿に対しても拙者は恐ろしい形相で問い質したのだろう
心配された茜殿が拙者の顔を見て一瞬怯えた表情になったが、すぐに安堵の顔に変わり溜め息をついた
「龍士郎様が来て下さり、茜は安心致しました
されど… 私を化け物から救ってくれた、この…水で出来た竜はいったい…?」
今も茜殿を護るべく空中に浮かぶ水竜を見ながら、彼女が拙者に尋ねた
「詳しい話は、また後で…
とにかく、この水竜は茜殿をお守りする存在です
拙者が保証致します故、ご安心召されよ」
拙者がそう言うと、茜殿は相変わらず現状の恐怖に身体を小刻みに震わせながらも、清らかに澄んだ美しい瞳で真っ直ぐに拙者の目を見つめてコクリと頷いた
拙者は、自分を疑う事無く無条件で信じてくれる茜殿の気持ちが、いじらしくも嬉しかった
力強く頷き返した拙者は、自分の腰帯から魔剣『時雨丸』を鞘ごと引き抜き、懐剣を失った茜殿に押し付ける様に手渡しながら言った
「茜殿… この太刀は、水竜を刀身に封じし魔剣『時雨丸』でござる
この剣を今より茜殿がお持ち下され
水竜は『時雨丸』を持つ者を必ずやお守り致す」
茜殿は、拙者を何の疑いも持たぬかの様にキラキラと輝く少女のような眼差しで見つめながら、両手で『時雨丸』をしっかりと受け取った
「『時雨丸』よ、茜殿を頼んだぞ…」
そう言った拙者の背後から、林の地面を覆う腐葉土を踏みしめる足音がした
振り返ると、三間(約5.4m)ばかり隔てた場所に猿飛佐助と三好清海入道が並んで立っていた…
「おいおい、青龍さんよう…
若い姉ちゃんとイチャイチャする愁嘆場は、その辺で終わりにしてくれねえか?
もっとも、若い二人の濡れ場なら見てやってもいいがよ
なあ、清海よ…? うへへへへ」
猿飛佐助の発した問いかけに三好清海入道は、ニヤニヤと薄気味の悪い笑いを浮かべながら舌なめずりをして答えた
「いひひひ…
佐助よ、拙僧はその見目麗しい娘は未だ生娘と見たぞ
これは頂上至極の極みじゃ、拙僧がその娘の初めての男となって遣わそうぞ
もっとも、拙僧の巨大な逸物で攻め続けられては可哀そうだが、初めての交合で娘の股間は使い物にならん事になってしまうかも知れぬのう… うひひひひ…」
拙者はまた頭に血が上りそうになるのを必死で抑えた…
下卑た笑いを浮かべながら、茜殿に下種な言葉を吐く輩どもめ…許さぬぞ
しかし… この不死身の化け物どもを、拙者一人で二人も相手にせねばならぬのは真に厳しい状況じゃ…
茜殿の剣術は人間相手ならば、後れを取る事は無いであろうが… いかんせん、相手が真田十勇士の成れの果ての不死身の化け物どもでは…
「む…? 『不死身』…『化け物』… はっ!
そうだ、ヤツがおった…
正直言って…あまり使いたくは無いヤツだが、この際…背に腹は代えられぬ」
不死身の真田十勇士の二人組を相手にするために、やむを得ず拙者にとっては禁忌とも言える妖を使役する事を決意した
拙者は手に持った『斬妖丸』を空に掲げ、刃の切っ先でくるりと円を描きながら叫んだ
「出でよ、魔人ノスフェラトゥ!」
その拙者の叫びが消え入る前に、満月と満天の星々の浮かぶ空を俄かに現れた黒雲が覆いつくした
そして、黒雲から地面に向けて一本の稲妻が走った!
「バリバリバリーッ! ドッカーン!」
我らの居る場所のすぐそばに稲妻は落ちた
その場所から火柱が上がり、黒煙が空へと昇って行く
その立ち上る火柱と黒煙の中から、ゆっくりと一つの人影が姿を現した…
「お呼びでございますかな? 我が主よ…」
現れたその人影こそ…
拙者のかつての敵にして恐るべき不死者…ノスフェラトウであった
(※2)
【次回に続く…】
(※1)幻田恋人著:妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「火車と『時雨丸』」(前編) & (後編) 参照
(※2)幻田恋人著:妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「伴天連の吸血鬼…」 参照
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