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妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「火車と『時雨丸』」(前編)

庄屋しょうやの家が燃えておる…
間に合わなかったか…

拙者の所へ使いの者が来て
村の家が次々と焼かれておると
火の気のない所に火が上がり
明らかに付け火であると云う

代官所の調べでも
下手人げしゅにんを見つける事あたわず…
万が一、あやかし仕業しわざなら
役人の手には負えず

そこで白羽の矢が立ったのが
妖狩りの侍…
拙者という訳だ

だが…
庄屋の家まで燃やされた…
ああなっては
町火消まちびけし達にまかせるしか…

どうした…?
其方そなたは庄屋の家の者か?
何と?
町の臥煙がえんどもは
他の火事が手一杯で来れぬと…

そうか…
庄屋殿は焼け死んでしまわれたか…

むう…
このままでは
庄屋殿の屋敷が全焼してしまう…
それだけは何としても防がなければ…

到着の遅れた拙者にも
責任の一端が無いとは言えぬ…
あまり…この様な事で
使いたくは無いが、仕方あるまい…

時雨丸しぐれまる』よ…
ここはお前に働いてもらうぞ

拙者は腰に帯びし太刀たち『時雨丸』を
スラリと抜きはなった

『時雨丸』は抜けば刀の付け根のなかごより
霧を発生させる
拙者の気の加減にて
この霧の強弱をも加減出来る
人を斬った後の血やあぶらぬぐう事無く
おのき出す水にて洗い流す
このため何十人と斬ろうが
血糊ちのりで切れ味が落ちる事なし

そして『時雨丸』を
天にかざす事で
空に雨雲を呼び寄せ
雨を自由に降らせる事も可能なり

よし…
頼むぞ『時雨丸』

拙者は『時雨丸』の白刃はくじんの切っ先を
雲一つ無き青天に向けた

するとどうした事か
今まで雲一つ無かったはずの青天が
にわかにくも
見る間にどす黒い雲が
燃え盛る庄屋屋敷の真上に
集まって来たではないか

この不可解な気象現象を確認したのち
拙者は集まった雨雲に向かって号令した

滝落とし!

拙者が命じた途端とたん
庄屋屋敷の頭上をおおいし雨雲から
天のおけをひっくり返した様な
どしゃりの雨が降り注いだ

「ザザザーッ!」

百も数えぬうちに
あれほど燃え盛っていた庄屋屋敷の全ての炎は
滝の様に降る雨に消されてしまった

これでよし…
拙者は振り上げていた『時雨丸』を下ろし
腰のさやに戻した
すると…
あれほど土砂降りに降っていた雨が
嘘のように上がった

むっ?
ずぶれの男が一人…
庄屋屋敷の物陰から
逃げる様に駆け出して行く

怪しい…
ヤツを追うぞ!

「そこの男! 待てい!」

追いすがり叫ぶ拙者に
逃げ切れぬと観念したか
走っていた男が立ち止まった

「そのほう何故なにゆえ
屋敷より逃げ出したのだ…?
答えてもらおうか?」

問うた拙者ではあったが
答を聞くまでも無かった…
腰に帯びし『斬妖丸ざんようまる』がふるえ出したのだ

「その方…
人間ではあるまい
村のあちこちに火を付けしは
その方の仕業しわざだな…」


********


へへへへ…
その通りよ
俺がやってやった
庄屋のじじいも焼き殺してやったわ

屋敷を焼き尽くせなかったのは残念だが…
火を消しやがったのは浪人…
てめえだな?

俺の名は『火車かしゃ』…

俺は人間の幸せそうに暮らす
生活の場所を見ると
全て燃やしてやりたくて
たまらねえんだ…

それに火を見ると
俺は幸せな気持ちになるんだ…
人間の苦しむ顔や焼け死ぬ顔を見ると
ゾクゾクするぜ…
だから火付けは止められねえ

てめえは俺の邪魔をしやがった
許しちゃおけねえ…
だが、さっきのどしゃ降りの雨は御免ごめん
俺のとっておきの術で
てめえを焼いてやるぜ

さっきの雨程度じゃあ
この火は消せねえ
この『火車かしゃ』様がこのわざを使えば
村を含めた一里四方は
全ての物が燃え尽きて灰と化すぜ

てめえ程度の三一侍さんぴんざむらいに使うのは
もったいねえがな…
またてめえがおかしな術を使えねえ様に
用心のためだ
念入りに焼いてやるぜ

灰となりやがれ三一サンピンっ!

喰らえ、『火炎地獄車かえんじごくぐるま』っ!



※【後編に続く…】

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