夏至小夜曲 2

アムステルダムに着いた。乗り換えだった。フィン・エアのカウンターは免税店Cのあたりだとジャルの人に聞いた通り進んで行ったが、そのようなものはない。そもそもフィン・エアという文字が見えない。売店で聞いてもわからない。私は次第に焦り始めた。まだ1時間以上あるのに広い空港を走り回ってぜえぜえ言っていた。汗すらかいて苦悶の表情を浮かべていたのか、通りすがりの金髪の人魚のようなスチュワーデスが、私の肩を叩い

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ありがとうございます!
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35.旅ラジオ#11...フィンランド🇫🇮ホテルヘルカの魅力と初海外ライブ参戦の話。Perryの裏話。

YouTubeの旅ラジオを更新しました。

今回は、タンペレを出発する所から始まります。

前回のレコードショップでの出来ごとを反省しながら、タンペレ駅のホームに来ました。

時刻は14時30分。

私の吐く白い息が空に溶けていくのを見ると、青空がとても広く、太陽が出ていることに気がつきました。

気温はマイナス14度です。

太陽が出ているのに、タンペレは恐ろしい寒さです。

電車がやってきて、

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【1989年100日旅】58日目。ヘルシンキ

1989年6月2日。旅は58日目。寝台列車で朝ヘルシンキに到着。シベリウス公園へ。パイプを組み合わせた銀色のモニュメントと、シベリウスの像を見る。シベリウスのフィンランディアは、両親がクラシック好きなのと、TV「牧場の少女カトリ」のBGMだったので覚えていて、口づさみながら見た。

公園で父は「フィンランドは人々の知恵と教育でソ連に負けないように頑張ったんだ」と話した。海の向こうのエストニアとフィ

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良い1日をすごしてね❤️
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フィンランドで全然オシャレじゃないピクニックをしたあの夏 #1

👱🏻‍♀️ 夏は芝生の上でピクニックするのよ。

なんて聞いたら、

👩🏻 すげぇ…オシャンティーな夏だな。

って、思うじゃないですか。わたしもそうでした。やっぱりヨーロッパの人は芝生に寝っ転がって、日を浴びて、素敵やん?って、思ってました。サンドイッチとか作っちゃって、籠に入れて🧺、サングラスとかしちゃって…!!🤤

こちらの大学で初めて経験した、フィンランド流のピクニックは、わた

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めるしぃ〜🍷
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【1989年100日旅】54日目。ヘルシンキ

54日目。ホテルのボーイさんの笑顔に見送られて市街へ。前日、母が苦労して英語を駆使して寝台列車をとったので、19時頃ヘルシンキ中央駅へ。両親と弟は、妹と私とは別室に。3段ベッドの寝台列車がおもしろく、さっさと部屋に引き上げた。しばらくすると廊下でバタバタ音がする。私と同い年くらいの、金髪マレットヘアの男の子5人が弟を捕まえて遊んでいた。いじめられているわけではなさそうなので、放っておいた。

男の

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読んでくれてありがとう❤️
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【1989年100日旅】53日目。ヘルシンキ

1989年5月28日は旅の53日目。ヘルシンキでの滞在はインターコンチネンタル。ボーイさんは子供に対してもにこやかでチップを渡すと大仰に喜んでくれる。うれしくなり、しまいには調子に乗って、きょうだいと一緒に手製のドル札まで渡す始末。彼には小さな妹がいるらしく、にこにこしながら付き合ってくれた。朝食をとるレストランは明るく、白いパンがあった。黒パンではなく白いパン!

手製のドル札は、ホテル備え付け

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読んでくれてありがとう❤️
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夏至小夜曲 1

今は昔19XX年。私はそれまで海外へ行ったことがなかった。齢三十路も終り、ふと気づくと閉所恐怖症になっていた。飛行機のような密閉空間に乗るなんて、とんでもないことだった。ところが急にベルリンに行くことになった。別に行かなくても良かったのだが、不思議な力によって行かされたとしか思えない。
 中年になって初めてのことをするのは心細いもの。 ヘルシンキに住んで当時十五年になる学生時代の友アリコに手紙を書

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