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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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#工事

ゲンバノミライ(仮)第50話 時代遅れの朝子さん

ゲンバノミライ(仮)第50話 時代遅れの朝子さん

「こんにちは。注文の品をお届けにあがりました」
最後の品が来た。予定よりも少し遅い。急いで袋詰めをやらないと間に合わない。
「はーい! 向こうの会議室に運んでください。一緒に行きますね」
この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)で事務職員として働く明石朝子は、大きな声で返事をして立ち上がると、配達に来た酒屋の平川哲也と一緒に会議室へと急いだ。

今日の夕方、全

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ゲンバノミライ(仮)第46話 テクニカルメートの北村社長

ゲンバノミライ(仮)第46話 テクニカルメートの北村社長

「皆さんは、10年間で5つの職種を経験し多能工として活躍していただきます。基本的には2級技能士の資格を受験して合格してもらうことが、次の職種に進む条件です。優遇措置として、3つの技能士を取得した時点で手当てを支給し、職種が増えるごとに手当を増額します。

覚える作業内容や求められる仕事の質は高くなりますが、効率的に仕事ができるように成長すれば収入が上がります。稼げて尊敬される職人さんを育てたいので

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ゲンバノミライ(仮)第45話 新人の海斗君

ゲンバノミライ(仮)第45話 新人の海斗君

「そろそろ始まります」
鳶・土工会社の新入社員である西野海斗は、この日のために新調したネクタイをきゅっと締め直した。スーツも新しいものを買いそろえた。作業服の時以外はビシッといこう。各地の同期と話して、そう決めたのだ。

画面越しに、あの災害からの復興街づくりが進む自治体で首長を務める柳本統義が映った。

復興街づくりを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)に関係するすべての

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ゲンバノミライ(仮)第44話 空調設備の岩井さん

ゲンバノミライ(仮)第44話 空調設備の岩井さん

美しい空気は美しい配管から流れていく。名言とかではない。本当にそうだと思っている。

岩井美咲は、空調設備工事会社の技術者として、多くの建築物などを手掛けてきた。

空気は、温度や湿度、清浄度などいろいろな要素で管理されている。浄化して適切な温度に調整した空気が部屋に届き、部屋の中の空気を吸い込むことで、コンクリートなどで覆われた室内が快適な状態に保つのだ。そのために、天井裏や屋上、壁の裏側などに

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ゲンバノミライ(仮)第41話 業界団体の詩織さん

ゲンバノミライ(仮)第41話 業界団体の詩織さん

「見学会じゃ無く、1日作業員受け入れ会ってできませんか?」
無茶な依頼というのは百も承知だ。だが、何でもそうだが、見ているだけと実際に作業をするのでは実感が全く異なる。そういうイベントにしたら、物好きな若者が都会からも来るかもしれない。
建設関係の業界団体に務める佐野詩織は「やるぞ」と決めた。
首長の柳本統義に投げかけたら、乗ってきてもらえるのではないか。怒られそうだが、突っ走ってみよう。

自分

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ゲンバノミライ(仮)第39話 くみ取りマスターの政さん

ゲンバノミライ(仮)第39話 くみ取りマスターの政さん

嫌がられる仕事ほど大事な仕事。そう思って、ぐるぐる回っている。
斉藤政行は、し尿の一般廃棄物収集・運搬の許可業者の社員として働いている。仮設トイレの処理や、浄化槽の清掃などを手掛けている。

「無理言ってすいませんでした。いやあ、来ていただいて助かりました」
「いえいえ、構いませんよ。いつでも呼んでください」

この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)から呼ば

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ゲンバノミライ(仮)第38話 飲み会モードの明美ちゃん

ゲンバノミライ(仮)第38話 飲み会モードの明美ちゃん

「何これ? こんなの飲みたいって、意味が分からない」
「あはは。そのうち、ぷふぁ~、ああ、旨い!っていうようになるわよ」
「やってられない!とか、愚痴言いながら、くだをまいたりね」
「そんな風になりたくないな」

若いっていいなあ。
山瀬明美は、吉本奈保の戸惑った表情を見ながら、嬉しい気持ちになっていた。隣にいる森田真知子も、ほほを緩めている。こういう集まりって幸せだ。

山瀬明美は、夫が社長を務

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ゲンバノミライ(仮)第35話 風のような美波さん

ゲンバノミライ(仮)第35話 風のような美波さん

空気のように存在して周りを支えて、時が流れると風のように流れて消え去っていく。
それが自分にとっての美学だ。

現場と音楽。どちらにも本気になって熱くなれるのは、そういう共通点があるからだと思う。

「分かるだろ?」
美波昭裕は、いつものように隣にいる立山剣と常丘晃に呼び掛けた。
「分かんね」
晃が素っ気なく返す。
剣は、遠くを見ながらうまそうに煙草を吸うだけで、反応すらしない。
毎回、同じやり取

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ゲンバノミライ(仮)第34話 地盤改良の康平君

ゲンバノミライ(仮)第34話 地盤改良の康平君

支えたいのはあなたの未来
強固な地面をつくっています!
CJV 地盤改良&杭打ちチーム一同

復興街づくりの中央エリアのゲート近くにポスターが張り出された。
地盤改良の専門工事会社の一員として、復興の工事に従事する三橋康平が作成した。
大きな文字のバックは、機械撹拌(かくはん)工法に用いる大型の重機が林立する写真だ。

「良い出来じゃない! 彼女に伝わるといいね」
後ろから、声を掛けられた。この街

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ゲンバノミライ(仮)第32話 応援職員の山木主査

ゲンバノミライ(仮)第32話 応援職員の山木主査

こんな広大な規模の工事は今まで見たことがなかった。あの災害から復興するためには、ここまでやらないといけないのか。
ニュースで見るのと現地に立つのとでは、まったく印象が異なる。自分が本当に役に立つのだろうか。

山木登は、小さな自治体で土木系職員として働いていた。数年だけ違う部署にいたことがあるが、それを除けば工事の発注や監督などを担当してきた。工事といっても、数百メートルの道路工事や、道路の維持補

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ゲンバノミライ(仮)第31話 広報担当の相馬課長

ゲンバノミライ(仮)第31話 広報担当の相馬課長

きれい事ばかりで良いのだろうか。
自分の会社をPRするのが仕事なのだから、良いに決まっている。
もちろんそうなのだけど、腑に落ちない。

本社の広報部門の課長として社内報制作を担当する相馬駿助は、悩んでいた。

あの災害からの復興街づくりが次号のテーマ。企画の中心には、復興プロジェクトを包括的に手掛けるコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)の取り組みを据えた。
同じゼネコン社員である中

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ゲンバノミライ(仮)第30話 道路屋の友哉くん

ゲンバノミライ(仮)第30話 道路屋の友哉くん

すべすべとした滑らかな表面。太陽の光が当たると、てかてかと輝くように見える。

美しい。
きれいだね。
そんな風に声を掛けたくなる。

でも、それだけではない。
年月が経てば、何度も何度も踏みつけられて、汚れてきたり、ブツブツが出てきたりもする。それは致し方ない。
生まれたてのきれいな姿も好きだけれど、頑張ってきた証が年輪のように刻まれた表情には、別の美しさがある。
頼もしくも誇らしい。

何十年

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ゲンバノミライ(仮)第29話 未完成の吉本さん

ゲンバノミライ(仮)第29話 未完成の吉本さん

「自分のために」だけじゃ、正直しんどい。
年月が経った今、そう思う。
「何のため」なら良いのだろう。

吉本奈保の朝は早い。4時に起きると、着替えや身支度をして朝ご飯を準備する。すぐに食べると昼まで持たないので、まずはお預け。2時間ほど机に向かって大学受験の勉強をする。帰宅後の2時間を合わせても1日4時間しかない。現役高校生や浪人生に比べると全然少ない。地道に続けて、追いつかないといけない。
7時

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ゲンバノミライ(仮)第28話 境界線上の森田社長

ゲンバノミライ(仮)第28話 境界線上の森田社長

ようやく最上階まで立ち上がってきた。設備や内装の工事はこれからなので完成にはまだ時間はかかる。最初の1棟ができても、周辺は更地のまま。だが、復興に進んでいることが見えてきただけでも大きな進歩だ。

森田真知子は、復興プロジェクトを包括的に手掛けるコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)の下請企業で社長をしている。3代目続く小さな総合建設業の会社として若くして家業を継いだ。社長としての肩書

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