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ゲンバノミライ(仮)第31話 広報担当の相馬課長

きれい事ばかりで良いのだろうか。
自分の会社をPRするのが仕事なのだから、良いに決まっている。
もちろんそうなのだけど、腑に落ちない。

本社の広報部門の課長として社内報制作を担当する相馬駿助は、悩んでいた。

あの災害からの復興街づくりが次号のテーマ。企画の中心には、復興プロジェクトを包括的に手掛けるコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)の取り組みを据えた。
同じゼネコン社員である中西好子の案内で、中央エリアのかさ上げや復興公営住宅などを撮影して回った。点在している集落の宅地造成も取材してから、自治体に寄った。首長である柳本統義のコメントをもらうよう依頼しており、広報担当部署に挨拶をしたかったのだ。自治体担当者は、確固たる品質とスピードを両立している技術力やマネジメント力などを絶賛していた。首長の部屋の音声を常時配信する「ガバ部屋」と呼ぶばれる取り組みが、CJV発足の契機となったことを聞いて、興味深く感じた。

CJVの事務所での幹部3人へのインタビューが最後の仕上げだ。
所長の西野忠夫と、中央エリア全般を統括する高崎直人は、相馬と同じゼネコンの社員だ。調整部長の友田幸太は復興担当部長を経てCJVに出向している。
DX(デジタルトランスフォーメーション)を駆使して、膨大な工事や現場庶務などを、限られた人員でこなしている状況を聞いた。新技術のオンパレードだった。

「復興していく新しい街と工事を担う建設業界の両方にとって、目指すべき未来の姿を示していきたいと思っています」
西野が最後に、こうまとめてくれた。締めの言葉はこれでOKだ。
いつものことだが、記事にするための素材が集まるとほっとする。

帰り支度を済ませて現場事務所を出ようとした時だった。向こう側から勢いよく扉が開かれ、怒りの形相の初老の男性が入ってきた。

「高梨! 丸本! 話が違うじゃないか! どうなっているんだ!」
いきなり大声で怒鳴り散らした。
するとCJVの職員二人が血相を変えて走ってきた。
「行田さん。ちょっと、何を言っているんですか。とりあえず外で話しましょう」

外に出ようとする3人を、後ろからの大きな声が呼び止めた。
西野だった。
「ちょっと待ってください! 高梨君、丸本君。その方の話は本村副所長に聞いてもらいます。本村さんお願いします」
本村雅也は、無表情のまま入り口に近づくと、凄味のある声で「こちらの応接室へどうぞ」と男性を会議室へと促した。男性は、「お前となんか、話すことはない!」とわめき散らしたが、本村は有無を言わさぬ威圧感を見せつつ「事務職員の責任者は私です。お話を伺います」と迫った。

男性の強弁に飲み込まれていた事務所内の空気が変わった。
今度は「高梨君、丸本君。二人は私の部屋に来てください」という西野の声が響いた。
所長室と応接室の扉が閉められると、事務所内は平穏を取り戻した。

中西は、「なんだか、すいません。本日はありがとうございました。さあ、どうぞ」と事務所の扉を開けた。現場は、トラブルを本社の人間に見られることを嫌う。平たく言うと「とっとと帰ってほしい」ということだ。

だが、相馬は引っかかるものを感じた。何が起きたのか知っておくべきだと直感的に思った。
「しまったなあ。取材し忘れたことを思い出してしまいまして。西野所長にもうちょっとだけ聞きたくて」
「それでしたら質問事項をください。後でご連絡しますね」
「せっかく来たのでやっぱり直接聞かないと。すいません。お手洗いをお借りします」

苦し紛れにトイレに逃げ込んだ。10分ほど経って戻ると、ちょうど所長室の扉が開き、西野らが出てきた。厳しい表情をしていた。

西野は、近くにいたCJV職員に耳打ちしていた。その職員は、所長室に入っていた高梨耕吉と丸本豪を連れて事務所から出て行った。続くように今度は応接の扉が開いた。先ほどの初老の男性と本村だ。男性には悲壮感が漂っている。本村は無表情のまま入り口まで連れ添うと、「後のご対応に対して私どもは何も申しません。ただ事の次第はすべて報告いたします」と男性に告げた。男性は振り向きもせずに黙って出て行った。

西野は、本村や友田と少し相談してから、現場内に響く大きな声で「現場をすべて止めてくれ。30分後にCJV全員で会議をする。幹部は会議室で、そのほかのみんなはオンラインで参加してくれ」と呼びかけた。
相馬はとっさに「私も参加させてください」と西野に向かって叫んだ。
すぐさま本村が「君は部外者だろう」と遮った。
相馬は「私も同じ社員です」と言い返すと、本村は「CJVは自治体やデベロッパーからも参画していただいている。うちとは全く別の組織だ」とたたみ掛けた。
「じゃあ、ガバ部屋から聞いています」
そう言うと、本村は、はっとした表情になって西野の方に目を向けた。西野は、友田を呼んで何やら話をすると、今度は友田が電話を掛け始めた。おそらく自治体に確認しているのだろう。頷くような素振りが見える。電話はすぐに終わり、その結果が西野に報告されている。

西野は、「みんな、聞いてくれ。会議は首長、監視委員会、オブザーバーボードとも結ぶ。柳本さんから了解を得た。必ず参加してくれ」と言うと席に座り込み、相馬を手招きした。
西野から「相馬さん、第三者的な立場の人がいた方が良いので参加して構いません」と言われた。
「分かりました」と応じて、本村の方を見ると睨まれた。入り口に方にそそくさと戻って、会議開始を待った。

トラブルの発端は、現場に押しかけてきた初老の男性、行田強だった。この街の実業家として知られた人物で、ホテルやレストラン、物販などの事業を手がけていた。いずれも海に近い場所に位置しており、あの災害で壊滅的な被害を受けた。そこで目を付けたのが復興街づくりだった。行田の保有会社は建設業許可を持っていなかったため、許可を持つ企業を買収し、技術者も確保した。

それから、下請参入への裏工作を進めるために狙いを付けたのが、自治体から事務系職員として出向していた高梨耕吉だった。高梨の母親は、行田の経営するレストランで働いていた。高梨一家が建てたばかりの二世帯住宅が、あの災害で全壊して困っていたことも当然知っていた。
高梨の紹介で、ゼネコンから来て契約関係のグループにいた丸本豪に接点を持った。丸本は、ギャンブル癖による借金を理由に離婚し、養育費を払い続けていた。被災地の宿舎暮らしで、インターネットから投票できる公営ギャンブルに再びのめり込んでしまい、金に困っていた。

行田は、内陸部の高級店へ誘い、酔いが回った頃に下請として参画するために協力してほしいと迫ってきたという。現金を無理矢理手渡し、桁の違う成功報酬を払うとも伝えてきた。金策に苦しんでいた高梨と丸本は、その場で拒否しなかった。すると翌日以降、行田から電話とメールが繰り返されるようになる。
二人は、行田の会社を間に入れるよう一部の下請企業の幹部に持ちかけたがうまくいかなかった。追い詰められた二人は携帯電話の番号を変えるとともに、断りの手紙を書き、現金と食事代金に相当する金額とともに行田に送りつけた。だから、行田は怒鳴り込んできたのだ。

西野は、所長室で経緯を聞くと、高梨と丸本にすぐに警察に出頭するよう促した。二人を乗せた車が動き出したタイミングで、本村に一報を入れた。本村が、二人の出頭を伝えると、行田は急に慌てだして止めるよう懇願してきたが応じなかった。

復興予算の不適切な支出は、この街のみならず、各地の復興プロジェクトを含めた全体に暗い影を落としかねない。首長の柳本は、西野に対して、全職員と下請企業を対象に違法なやり取りがないかを確認するとともに、すべてオープンな形で再発防止策を検討するよう指示した。西野は、監視委員会と自治体議会の双方から再発防止策が承認されるまで作業を一時中断する方針を決めた。

相馬が本社に戻ると、今回の取材内容の掲載を見送るよう上司から指示された。
広報部門内ではなく、経営層の判断だった。
マイナスイメージになるようなものを社内報に出すな、ということだ。

臭いものに蓋をする。業界を引っ張ってきた相馬の会社には、昔からそうした体質がある。
企業としてやむを得ない面があるのは事実だが、インターネット交流サイト(SNS)で誰もが発信できる時代には、どんなに隠そうとしても情報は漏れていくように感じている。隠すことなどできないし、隠蔽したという事実が公になると、より大きな信用失墜を招く。

西野は首長の部屋と結んで会議を開いた。首長の部屋は、インターネット配信用のマイクが据え付けられていて、外部から聞くことができる。つまりオープンな場に最初から出たということだ。それは、すごいことだ。翌日以降、大手メディアで大々的に報じられた。「復興予算を食い物にしている不都合な真実」などと書き立てられた。だが、議論を包み隠さなかったことを評価する声も上がった。

首長の部屋は、この地域の方言で「すごい」や「とても」を意味する「がば」と、ガバメントやガバナンスの意味を掛け合わせて「ガバ部屋」と呼ばれている。
建設業界は、技術は進歩しているが、本当の意味で体質が変わったとは言いがたい。内部から体質を変えない限り、社会からの信頼など得られない。ガバ部屋を通じてオープンに解決を目指したこの間の流れは、進むべき方向性に示唆を与えている。相馬は、そう感じた。

やはり、社内報で出すべきだ。
CJVの取り組みという当初の企画案に、不祥事と再発防止策を加えた形で仕上げるのだ。
社長の決裁が下りない限り、実現はしないだろう。簡単なことではない。

だが、乗り越えるのだ。

現場では、1日も早い復興を目指して、厳しい環境下で働く仲間たちがいる。
一つの不祥事から視線を避けたいがために、復興の現場で続けられている努力に光が当たらないなんて。
そんなの、悔しいじゃないか。

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