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ゲンバノミライ(仮)第30話 道路屋の友哉くん

すべすべとした滑らかな表面。太陽の光が当たると、てかてかと輝くように見える。

美しい。
きれいだね。
そんな風に声を掛けたくなる。

でも、それだけではない。
年月が経てば、何度も何度も踏みつけられて、汚れてきたり、ブツブツが出てきたりもする。それは致し方ない。
生まれたてのきれいな姿も好きだけれど、頑張ってきた証が年輪のように刻まれた表情には、別の美しさがある。
頼もしくも誇らしい。

何十年も経ったら、大きな手術が必要になることもある。ちょっとずつメンテナンスを繰り返しても、いつかは寿命に至る。それは自然の摂理だ。

自分が手がけた相手がそこまで至ったものはない。
ずっと仕事を続けて、かつて自分が手掛けた相手を、もう一度、自分の手で美しく蘇らせる。そんな日が待ち遠しくもある。
その時には「よく頑張ったね」と優しく誉めてあげたい。

「ボーっとしてんじゃねーよ!」
木下友哉は、職長の神野悟の怒鳴り声で我に返った。
「すいません! 次に行きます!」
せっかくきれいに出来上がったのだから、少しくらいゆっくり眺めてもいいじゃないか。
そんな不満は口に出しても仕方ない。
それよりも、今日もしっかり仕上げたことが重要だ。

木下は、道路舗装会社の協力会社の社員になって10年ほどになる。
幼い頃から重機を扱う仕事に憧れていた。クレーン、バックホウ、超大型ダンプトラックなどを考えていたのだが、そうした重機での作業を担う会社で話を聞いてみると、自分のイメージと違っていた。最後の仕上げを、他の人の手に委ねることが多いのだ。

例えばクレーンで物を運ぶ場合は、吊り荷を届けた先の人たちが最終的に組み立てる。重機オペレーターは、その手助けに過ぎない。それも大事な仕事だが、完成の最後の部分を自分でやりたいのだ。

そこでぴったりはまったのが、道路舗装だった。

道路は、誰もが、ほぼ毎日目にする最も身近なインフラの一つ。だから、簡単な物のように思われがちだが、全く違う。アスファルト舗装の場合は、見えているのは表層のごく一部に過ぎない。

まずは、路盤材料をブルドーザーなどで押し出しながら均していき、ブレード(排土板)があるモーターグレーダーという機械で滑らかに整形していく。それからタイヤローラーと呼ばれる機械で力を掛けて締め固める「転圧」という作業を行う。ここまでようやく基礎となる路盤が仕上がる。

次に、アスファルト舗装の材料となる「アスファルト合材」が、工場から現場に運び込まれる。アスファルトフィニッシャーと呼ぶ専用機械の登場だ。ホッパーからアスファルト合材を投入し、敷き均していく。高温の材料を決められた時間内に施工しなければいけないため、厚さや幅を調整しながら、慎重かつ素早く作業を進めるのだ。そのままでは、ふかふかした状態なので、再度、転圧機械で締め固めて設計通りの高さに完成させる。

こうしてスムーズに通行できる道が出来上がる。いくつもの重機が登場する舗装工事は、自分にとって天職だと木下は思っている。

就職してから、いろいろな場所に行った。舗装する先は、道路だけでは無い。ショッピングセンターの広大な駐車場から一戸建て住宅まで、規模もさまざまだ。長くても数ヶ月単位で現場が終わり、次へと移っていく。

神野は道路舗装会社の社員で、自分にとっては元請けに当たる。ゼネコンが元請けの場合は、道路舗装会社が1次下請、自分たちが2次下請となる。神野は口うるさいが、木下の腕を認めてくれていて何度も仕事をしてきた。阿吽の呼吸で通じる相手だ。

だから、被災地での復興街づくりの現場に呼ばれた時には、正直、嬉しかった。
思い切り腕を振るいたいと思い、「もちろん、行きます」と即答した。

その後に、「そうだな。短くても数年かな」と言われたので驚いた。
施工規模を聞いて納得した。それほど大規模なら、数年単位で仕事が必要になるのは当然だ。

被災地に向かい、団地のような宿舎を目にして身震いした。すごいところに来たと思った。すぐに荷物を置いて、現場を見に行った。
復興プロジェクトを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)が用意しているバーチャル体験ルームに連れて行ったもらった。VR(仮想現実)で往事の街の様子と、被災直後の状況、造成が進んだ様子、そして現在の状況を一通り見た。

自分の腕で美しい舗装を敷き詰めて、住民の人たちが安心して快適に移動できる基盤を造りたい。
全体を舗装するわけではもちろん無いが、それくらいの気構えになっていた。
もう一度、身震いした。闘志のようなものが湧き上がってきた。

毎日の仕事は忙しい。計画地は何しろ広大だ。
中央エリアでは、平坦で施工が容易な所は神野たちの会社が自動化重機を使って作業しており、傾斜がある曲線部など腕が求められる所は木下ら熟練オペレーターが担当だ。このほかにも小規模集落用の造成地が点在している。小規模集落の現場は狭い場所での細かい作業になるため、やはり自分たちの出番となる。

だが、仕事内容は徐々に変わりつつある。木下が扱う重機にも、自動操縦用のシステムが搭載されている。3D図面などや各種データが搭載されたCIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)と呼ばれるシステムと連動していて、自分がどの場所を施工していて、その結果が要求水準を満たしているかどうかなどがリアルタイムに表示される。導入当初に比べると、自動操縦に任せても大丈夫な領域がかなり広がっている。

CJVは、最新技術をかなり大胆に導入している。雨や雪に左右されずに施工を進めるために、舗装する作業区域の覆う全天候型のドームを取り入れた。ドームは自走式で、施工が終わると自動重機とともに次の場所に自動的に移動する。自動重機とドームの両方がGNSS(全球測位衛星システム)や小型発信機(ビーコン)などで常に自分たちの位置を認識していて施工の進捗に合わせてデータを蓄積していく。問題なく作業が終われば、報告書の帳票に自動出力され、CJVの品質管理部に情報が回る。

カメラもいくつも設置されているので、遠隔から作業状況を確認できる。ドームは立ち入り禁止措置の柵で覆われているが、仮に人や動物などが入った場合は、人工知能(AI)が画像認識で危険を察知し、すべての作業を停止する。そうなると、CJVや神野ら管理者でなければ再開できない。

むかつくことに、仕上がりはかなり良い。均質にきっちりと仕上げてくる。その上、この現場に限らず各地の作業データが集中的に蓄積されるため、どんどん腕を上げてくる。木下レベルになれば、まだまだ人間の方が出来が良いが、入りたての若手などでは太刀打ちできない。

内心、かなり焦っている。

俺は要らなくなるのではないのか。

宿舎で缶ビール片手に神野に不安を打ち明けた。

「いいじゃねえか。簡単なところなんて、機械にやらせようぜ。俺たちは、心が必要な所を舗装すればいいんだよ」と赤ら顔で返された。

心が必要な所って、どこだよ。

そう突っ込みたかったが、下戸の神野は、既に呂律が回らなくなりつつある。こうなると、何を言っても無駄だし、そもそも明日には覚えていない。

自分の今後に不安はあるものの、復興街づくりの現場はダイナミックでやりがいも大きい。都会からは遠いし、遊ぶ場所も無いし、不自由はある。だが、呼んでもらえて良かった。

「完成したら、自分がやった舗装をじっくりと眺めさせて下さいよ」

神野に言ったら、「お前は変態か!」と馬鹿にされた。
この人は、仕事はできるが舗装への愛が足りない。俺の方が上だ。
そう思うと、自然に笑みがこぼれた。

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