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ゲンバノミライ(仮)第39話 くみ取りマスターの政さん

嫌がられる仕事ほど大事な仕事。そう思って、ぐるぐる回っている。
斉藤政行は、し尿の一般廃棄物収集・運搬の許可業者の社員として働いている。仮設トイレの処理や、浄化槽の清掃などを手掛けている。

「無理言ってすいませんでした。いやあ、来ていただいて助かりました」
「いえいえ、構いませんよ。いつでも呼んでください」

この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)から呼ばれて、慌てて現場に向かった。その先で、労をねぎらわれた。

建設現場は、一般市民からすれば人知れず進められる作業が多い。そうした現場の人にすら、自分たちの存在は、あまり気にされることがない。それくらいトイレとはあって当然の物。不自由さのない日常を、黒子として支えている。

復興プロジェクトの現場のうち、中央エリアは事務所があり水洗トイレを完備しているが、点在する集落の整地工事など小規模な工事はすべて仮設トイレだ。
貯まってくると内蔵センサーが自動的に通知してくるため、満タンになる前に各設置場所を回ってバキューム車でくみ取っていく。だが、この1週間ほど悪天候が続いて作業が思うように進まず、処理が滞っていた。

この1週間降り続いた雨が、地域の複数の道路で斜面崩落を引き起こして、孤立集落が生まれていた。平常時であれば、国や自治体が管轄する道路の維持管理や緊急対応を委託していて、受注業者が即座に対応する。だが、復興の途上でそうした体制が脆弱な状況があり、手が回らずCJVに協力要請が出ていた。

CJVは、多くの人員や重機、ダンプトラックを投入して、手分けして復旧作業に当たっていた。24時間体制で作業を進めることになり、照明や休憩用施設、各種物資などが準備された。そこには当然、トイレも必要となる。

これまでも祭りやイベント時などの利用はあったが、あの災害以降は、ニーズが急激に高まった。あらゆるところで復興の工事が進んでいるため、仮設トイレは引っ張りだこで、余裕はなかった。

斉藤は、CJVからの要請を受けて、仮設トイレを複数台置いている場所から持って行くことにした。だが、使用中のため、中身を一度くみ上げる必要があった。仮設トイレの納入時に運んでくれた内山健三が、運搬用のクレーン設備を搭載したユニック車で来てくれる手はずだ。

まずは、最初の回収先に向かった。
強い風と雨が痛いくらいに打ち付けてくる。夕方だが、大きな雨雲で覆われているため、かなり薄暗い。真っ暗闇になると、もっと作業がやりづらくなる。
斉藤は、いつものように吸引ホースを取り外すと、仮設トイレの便器をいったん取り外して、ホースを突っ込んだ。ホースの感触を確かめながら作業を進め、あらかた吸い込むとホースをバキューム車に戻して、便器も元に戻した。通常はまっさらにするが、今回はすぐに使うため移動時さえ問題なければ十分だ。

作業が終わる間際になって、車のライトが近づいてきた。内山だ。
斉藤は、バキューム車を動かしてどかした。内山は、即座にユニック車を横づけてして、仮設トイレを積み込んだ。

こうして複数の作業現場を回って、最後のトイレを積み込んだ。作業箇所は道が狭く車両は少ない方が好ましい。斉藤は、最後の場所にバキューム車をいったん置いて、内山のユニック車に乗り込んだ。

「すごい雨だな」
「ああ。この中での作業は大変だ。せめて便所の時くらい落ち着いてしてもらわないと」
「そうだよな。慌てちゃいかんが、トイレを待ってる人間にとっては一刻を争う事態だ」
「本当だよ。自分だったら『四の五の言わずにとっとと持ってこい』って言いたくなる」
「政さんは、相変わらず手際がいいな。見ていて惚れ惚れする」
「お世辞言っても、何も出ないぞ」

崖崩れの応急対応が進む現地に車を走らせた。雨はいっこうに止む気配がない。

すっかり日が落ちて、真っ暗になっていた。急ぎたいところではあるが、強い雨で見通しが悪いためゆっくりと進んでいく。

しばらく進んで、向こう側に煌々と明かりが照らされた場所が見えてきた。

「さあ、とっとと終わらせるか」
「ああ。寒いと催したくなる。そういう作業員がきっといるはずだ」

誘導員がいる場所で車を止めると、斉藤が下りて、CJVの職員を探した。中央エリアを統括している高崎直人の顔が見えた。

設置場所の指示を仰ぐと、内山に伝えて、ユニック車から仮設トイレを素早く下ろした。予備のトイレットペーパーを上段の棚にしまうと準備は完了だ。

「これでOKだ。お疲れ様」

斉藤が内山に声を掛けると、後ろから視線を感じた。雨合羽を着たずぶ濡れ作業員が、じっとこっちを凝視している。トイレを我慢していたのだろう。

「準備OKだ。どうぞ」
「ギリギリセーフだよ。ありがとう」
ぶっきらぼうに言われた。

間に合ったのであれば、何より。それだけで十分だ。

雨でびしょびしょになった内山と顔を合わせて、思わず笑みがこぼれた。

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