#スキしてみて
何のために書くのか?
noteは自由でもあり、また変な同調圧力のある不自由な場だと最近感じてしまうのです。
ボランティアするために書いてもよいしそれは自由です。
ボランティアしたい人がnoteを読みサポートなり運動や活動するのもまた自由です。
概ね、なにかしらのマネタイズにつながるのではないかと始める方も多いのもまたnoteですし、TwitterとかFacebookと連携もしてなくてよいしコメントで交流したりも自
くどい案内看板と貧弱なアラート +
〔施し〕に対する違和感というものは、当方のみならず、my noteに対していつも興味を持って目を向けて下さる皆さんにとっては『多頻度遭遇』的なのではないでしょうか🤔
オフィスなどで、ICTデバイスや書類をたくさん広げられるような「大きめのテーブル(机)」の上面の一部パーツに貼られているのを見つけたこの『注意喚起』ラベル
ズームアウトしてみると…
⇒こんなに広い天板の中央部に、「
スキ制限の本質~noteの地殻変動についての一考察
【推薦】 noteの逆説が顕になってきつつある。
スキ制限が浸透する中でこれはもう不可逆のことであり、良いも悪いもなく一つの事実として受け止めざるを得ない逆説となるだろう。
つまり、近い将来旧来のnoterのその認知的不協和は静かにうやむやに諦めとともに解消され、毎月凄まじい数で増え続ける新noterはスキ制限を、制限としてではなくデファクトスタンダードのnote文化として受け入れる。
ナッツパンと息子のプロ野球への怒りと不信
ナッツたっぷりパンに、クリームチーズをのせて、またナッツをのせて。
食べるときにはちみつをたらします。
メニューは、
ナッツパン+クリームチーズ+ローストしたナッツ+はちみつ。
目玉焼き。
かんたんサラダ。
ナッツパンはしっかりした重みがあります。クリームチーズを塗って、くっつけるように軽くローストしたナッツをのせます。
はちみつをトロ~リと垂らすと・・・。ナッツがカリッ、パンがサクッ、クリー
大丈夫といわなくていい時があるから
夫はつらそうでも、ケガをしても「大丈夫!?」と聞くと、ほぼ必ず
「大丈夫」と答えます。
そんな強がりをいわないでほしいと思うのですが・・・。
いつも「大丈夫」という夫一度、バイクか自転車を修理していて手にけがをして、血をダラダラ流しながら部屋に入ってきたことがあります。
驚いて「大丈夫!? すぐ手当てしなきゃ!」というと、
「いや、大丈夫だから」といつものようにいうのです。
すぐに手当てはしまし