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KILLING ME SOFTLY【小説】99_リリのラブソング

「あー、莉里さん、会いたかった!相変わらずかわいいね!採用おめでとう、あと、初めてお家に呼んでくれてありがとう!」

自らのライブを終え、高速バスを利用して東京へと向かった千暁と日曜の朝、ようやく抱き合う。彼は私と交際を始める以前から主に大学の休暇期間中にフェスへ参加する為に関東を訪れるなど旅慣れており、普段と異なる点を挙げるならば、電車に乗ってスマートフォンの地図アプリを頼りに、あたかも冒険の如くここまで辿り着いたところだ。


私の炎上を機に隠し事をしたり虚勢を張る必要がなくなり、住所を明かす。
正直言えばほんの数日離れただけだが、千暁に触れられることが嬉しくて涙が溢れる。
「ほら、泣かないの。そうだ、これ冷蔵庫に入れといて。」
私に優しく口付けて、彼がケーキ箱を見せた。
「さっき買ったから後で食べよ。」
「わあ、えっ、ホントに練馬で降りたの?迷わなかった?」


ほぼ平坦な道のりだが、このマンションは分かり難い場所にある。
「うん。莉里さんがバイトん時、うちまで歩きとか聞いて俺マジかよ、危ないんじゃ、って前は思ってたけど店の数、半端ねえし、多分夜でも明るいんだよね。てかコンビニあり過ぎ。やっぱすげー。」
と興奮気味に話しながらも千暁は玄関に留まり動かず、格子柄のマフラーを握り締め、どことなくソワソワと恋人の家での〈振る舞い方〉を模索中だった。


「はい、アキくん。まず上着と防寒グッズは鞄と一緒にそこのポールハンガーに掛けていいよ。けど、我が家には椅子がないの、適当なクッションに座ってね。洗面所とトイレはあっち。」
「オッケー。なんか俺めちゃくちゃ感慨深いわ、こんな綺麗でいい匂い……彼女の部屋、つーか大好きな莉里さんの……。」


ズタボロの精神状態に伴い、だいぶ散らかっていたのを怒涛の勢いで掃除して、実は収集には間に合わなかったゴミ袋をバルコニーへ放り込んだが、夢見心地の彼に伏せる。