"望まない妊娠"の背景にある複雑性にフォーカスした作品 辻村深月/「朝が来る」

先日、こちらの記事を書かせていただきました。


■概要
・性教育は「命」に直結する大切な教育。
・だけど日本では性に対する事柄を曖昧にしすぎて、性教育を下ネタのように捉えている。子どもへの性犯罪すら「イタズラ」というとんでもない言葉で片付けることができてしまう。
・例えば最近では繁華街でコロナウイルスの感染が広がることに対して、"いわゆる夜の街関連"という曖昧な言葉で片付ける。
・そういうやって性に対して曖昧な言葉で片付けてきた結果、命への尊厳が損なわれ、「望まない妊娠」へとつながっているのだと思う。
・他者の気持ちを想像すること、自分を守ることの大切さを知ること、それこそが子どもたちに必要な性教育であり、望まない妊娠を減らすことにつながるのではないか。

と、まあざっくり言うとこんな内容の記事です。

「望まない妊娠」という言葉与えるインパクトは大きくて、産まれてきた子どもの立場からしたら、とてつもなく失礼な言葉だとは思う。

こんな言葉、本当はない方がいい。「望まない妊娠」なんて悲しい言葉、本当はない方がいい。それでもこの言葉を使うのは、この言葉があって救われる人たちが、少なからずいるからだ。この言葉によって、支援が可能になる人たちが、たくさんいるからだ。

子どもにも罪はない。
だから、産まれてきた子どもには、産まれてきてよかったと、そう思えるような環境を用意してあげたい。

今回は、「望まない妊娠」をテーマにした作品、辻村深月さんの「朝が来る」のブックレビューを。


思っていた内容と違った、というのがまず読み終えてすぐの印象。
いや、正確に言うと、読み終えて少ししてからの印象。読み終えた直後は、なんだかうまくまとまらなくて、しばらく呆然としてた。

「思っていた内容と違った」というのはもちろんいい意味で、だ。
文庫本の裏に記載のある、あらすじ部分だけ見ると、特別養子縁組で子どもを授かった夫婦のもとに、産みの親が「子どもを返してほしい」と言ってきて、とミステリーでも始まるような印象を与える。けれど、一番描きたいのは、産みの親が「子どもを返してほしい」と言うに至った過程にある。

解説は、2020年10月に映画化が決まっているこの作品の監督を手掛ける、河瀨直美さん。
その河瀨さんの解説の中で、


「全体のバランスとしては352ページの中、佐都子を描く前半の第一章、第二章が合わせて151ページ、ひかりを描く第三章が173ぺ―ジと、概ねふたりの女性の人生はバランスよく描かれている」


と記載があり、続く

「けれど読み終わった後の印象としては、『ひかり』に感情移入している人も多くいるのではないだろうか?」

にあるように、産みの親であるひかりの人生があまりにも濃密で壮絶であることから、この作品の三分の二がひかりに費やされていたかのような感覚を持つ。

特別養子縁組だけに限らず、赤ちゃんを産み育てられないという方と赤ちゃんのための制度がある。「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」でも辻村さんが描いている「赤ちゃんポスト」。こちらもその支援策の一つだ。
これらの制度についてはここでは論じない。けれど、テーマとして特別養子縁組や赤ちゃんポストを挙げて作品を描くというところに、辻村さんの、児童虐待に対する問題意識の高さを感じる。また、児童虐待を取り上げるにしても、ありふれたわかりやすいものを取り上げるのではなく、望まない妊娠という、かなり根深い部分にフォーカスしているところに、この問題の複雑性を、より多くの人に理解してもらいたいという思いの強さを感じる。

この作品では、ひかりの人生が、その複雑性をよく現している。作品の中で「潔癖」と表現されている世界で育ったひかり。傍から見れば普通の家族。しかし、ひかりに焦点を当てて親を見ると、その世界は全然普通じゃない。望まない妊娠の背景には様々な事情があるけれど、ひかりが抱えている背景は、一見わかりづらい。ひかりのプロフィールだけ見ると、「普通の家の子」だからだ。なぜ彼女は「普通の」実家を頼ることができないのか、それがわかりづらい。
でも望まない妊娠というのは、こうしたわかりづらさの中にあるからこそ根深いのであって、だからこそみんな想像力で補えきれずに、わかりやすいストーリーに落とし込もうとする。そうすると、「子どもを捨てるなんて信じられない」「避妊しろ」という分かりやすい構図の中に当てはめられる。そして、自身を守れなかった女性が悪者にされる。


その想像力の乏しさの象徴が、この作品でいうとひかりの彼氏だ。女性は妊娠すると、体調の変化から始まり、どんどんお腹が大きくなり、その中に明らかに生命を感じ取ることができる。女性が生命を宿し、出産に至るまで、一年弱。男性は数十分。この物理的な不平等さはどうにもならない。女性が一年弱、お腹にいる子どもに向けて語り掛ける言葉や、赤ちゃんが生きていることを知らせるサインを、どうしても男性は、女性ほど計り知れない。
だから、流産や堕胎に対しての想像力も乏しい。もし自分の中に命が宿っていたら。堕胎が何を意味するのか。流産によって、妊婦がどんなダメージを受けるのか。想像してみてほしい。

ひかりは、意図しない妊娠によって大きく人生が変わった。それを彼女がどうとらえているか。それを、後悔しているのか?そして、この大きく変わった、「失敗した」人生は、若年で妊娠したことによるものなのか?もし、「普通の」人生を送っていたら。「失敗しない」人生を送っていたら。ひかりの人生はどうなっていただろう。
わたしは思った。それでも、ひかりの母がひかりの母のままである以上、遅かれ早かれ、どこかのタイミングで何かが起きたのではないか、また別の何かが家族を襲ったのではないか、と。


※こちらでは他の作品のレビューもアップしています。


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