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短編小説

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#小説

【短編小説】おーしまい

【短編小説】おーしまい

「さな、死んだんだよ」

写真におさめたら白く光って色が飛んでしまいそうな空が、窓にうつっている。

カウンターの席しかない牧歌的な喫茶店に似合わない言葉だったので、私はまず、聞き間違えた、と思った。口を開いていた光代のほうを眺め直した。思ったよりも深刻な表情に確信して、身体が固まった。

「え」

「去年。事故で」

ひとつひとつ駒を置くみたいに、そっけなく光代が教えてくれた。

「知らなかった

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【短編小説】ポニーテールを眺めるだけの夜があったっていいのに

【短編小説】ポニーテールを眺めるだけの夜があったっていいのに

頭のてっぺんに近いあたりで髪を結んでいる、華奢な体が目に入った。ポッキーみたいな足がショートパンツから生えている。

体の線とは裏腹に快活そうに、少女は親らしき男性と喋りながらアイスを選んでいた。羨ましいとまでは思わなかったけど、選べば誰かが買ってくれるのってすごいことだよな、と改めて感じる。

少女はこっちの視線にも気が付かず、一瞥もされなかった。父親(多分)との距離が近く、仲の良さそうな雰囲気

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【短編小説】まぶしい

【短編小説】まぶしい

「行こう!」

大きな口を開けて、玲那が笑った。

昔、「くちさけおんな」とひどい悪口を言われて泣いていた玲那の面影は、もうどこにもない。

お互い就職してからしばらく会えてなかった。今日は久しぶりに、二人で学生時代よく行っていた食堂に向かっているところだった。

お店の目の前に来てやっと、今日が休みだという張り紙を発見する。

「どうしようかね」

そう言って私がさきに、周辺のお店を検索してみる

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【短編小説】この世に無駄な事なんてない

【短編小説】この世に無駄な事なんてない

ラジオを聴いていると、「この世に無駄なことはない!」と聞こえてきた。

それを実感するためには自分の足で歩いていくしかないということを知っている僕は、心から絶望する。

希望のある言葉が嫌いだ。

目の前に、人参のように光をちらつかせて、いざ手を伸ばしたら、どうせすぐに消えてしまう。

誰も担保してくれないから、だから僕は、奈落で探している気分になるんだ。

誰か教えて欲しい。

この屹立する現実

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【短編小説】誰も知らない話

【短編小説】誰も知らない話

気になっている人がいた。

手でまるめてぎゅうぎゅうになったみたいな会社の雰囲気の中で、その人は一人だけ浮いていた。

自分は中途採用で入ったから余計に社内を俯瞰で見る事が多かった。
離婚して親権も奪われて、婿養子だった自分は家族経営だった会社からも追い出されてかなり苦しい生活を送っていた。
そんなぐしゃぐしゃになっていた自分を拾ってくれたこの会社には心から感謝している。

でもやっぱり、昼休憩の

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【短編小説】どうせ今だけ

【短編小説】どうせ今だけ

自殺した幽霊だけが、私は視える。

いつからかは覚えていないけど、もしかして、私自身にその願望があるからかもしれない。

なんで幽霊をみたときに、自殺した人だって分かるの?と聞かれた事があるけど、答えは簡単だった。

本人が教えてくれるから知っているだけ。

幽霊は、自分が視られていると分かった瞬間喜び、私にいつも声をかけてくるのだった。

態度はそれぞれ違った。

みえている、と喜んでいる人、嫌

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【短編小説】絹のようなこころ

【短編小説】絹のようなこころ

絹のように触り心地の良いこころになれたらいいのに、と、バスに揺られながら思った。

空は秋のくせに、気温だけ取り残されたみたいに暑い。

このまま自分も取り残されてしまいそうな気持ちになる。

本当はそんなことなんてなくて、ただいつも通りに、このバスから降りて職場に行けばいいだけ。

ただそれだけで、自分は社会から取り残されることなく、疎外感は消えて、歯車として生きていく。

それがこんなにも虚し

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【短編小説】三者面談

【短編小説】三者面談

本当に、色んな親がいる。

三者面談をするたびに由貴はそう思う。

教師になって5年経つけど、人間の多様な姿をこんなに見ることができるタイミングってなかなか無いんじゃないかとしみじみ感じてしまう。
 
「このさきに崖があるのが分かっているのに、あなたは、それを止めないんですか」

由貴の目の前で、母親の姿をした生き物がまくしたてる。目は釣り上がっている。

鼻をふくらまして喋る母親の隣で、何を考え

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【短編小説】なぞる、おわる

【短編小説】なぞる、おわる

指をたどって這わせた時の、あの背中の心地よさが嫌いだった。

もう誰にも触られたくない。

誰かと別れた瞬間はそう思うのに、またどうせ、半年も経てば出会いが欲しくなる自分が嫌だった。

連絡先を消すこともできず、SNSの変化にも気持ちが追いつかず、家の中でただポテトチップスを食べる自分を俯瞰で気持ち悪がって、そんなふうに、また日曜が終わる。

おわり

【短編小説】夏に吐く

【短編小説】夏に吐く

空を見上げると入道雲がそびえたっていた。

雲の向こう側で太陽が輝いている。

入道雲は後光をたずさえて,僕の心を離さない。

ドラッグストアのだだっ広い駐車場で立ち尽くす。

今が朝なのか夕方なのか分からなくなる。

夏が大嫌いだけど,こんな景色が見られるのなら少しぐらいは許してあげてもいいのかもしれないという思いが掠める。

さっき家にいた時に吐いた気配をまだ口の中に残したまま,目を細めた。

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【短編小説】自販機

【短編小説】自販機

帰路につくとき、いつも自販機の前を通る。

そこには誰もいなくて、僕は少しだけほっとする。

暗闇の中で光るその無機質さが、僕にとってはありがたかった。

いつも一本コーヒーを買う。

ある日、そこに人がいた。

ただそれだけで、なんとなく裏切られた気持ちになってしまう。

上京して一人で生きていた僕にだけ、寄り添ってくれていると思っていた自販機。

一日一本しか買わないくせに、偉そうに裏切られた

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【短編小説】あなたの為にやっているのです

【短編小説】あなたの為にやっているのです

そう聞こえたので、思わずふふっと声を出して笑ってしまった。

中途半端に人がいて、ちょうど駅に停車していた車両の中で、私は一気に人の視線を浴びた。

気まずくなって立ち上がる。

ドアの向こうがわ、駅のホームにあと一秒でつくところだったのに、1人だけ喋っていたおばさんに腕を掴まれてしまった。

「なにがおかしいの?」

そのおばさんは、目が静かにくぼんでいた。眉毛はキリッとしている。こんなアスキー

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【短編小説】転校3年生

【短編小説】転校3年生

転校して初めて、体育の時間がやってきた。

卓也は体調がよくないから休む、と言ったので、運動場のすみっこでさんかく座りをしていた。

小学3ねんせいになって、梅雨がおわって、太陽は性格がかわったみたいに照りはじめている。
夏休みが思いやられるなあ、と卓也は、自分の足のさきをぼんやり見つめた。

あついのはきらいだ。

遠くで男子がサッカーをしている。
女子は体育館でちがうことをしてるようだった。

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【短編小説】ゆめ

【短編小説】ゆめ

ゆめだ、と思ってから、私の身体はこわばらなくなった。

だってそれだけで、悩まなくて済む。

ここにいる私はきっと、もうどんなしがらみからも解放されている。

さっきまで両手に握っていたロープは、もう離していい。

昔いなくなってしまった、猫のゆめが、小さくすこやかに鳴いた。

やっぱりこっちにいたんだ、と顔を緩めしゃがみ込むと、手元に近寄ってきてくれた。

ありがとう、と言うと、身体が波で覆われ

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