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【短編小説】転校3年生

転校して初めて、体育の時間がやってきた。

卓也は体調がよくないから休む、と言ったので、運動場のすみっこでさんかく座りをしていた。

小学3ねんせいになって、梅雨がおわって、太陽は性格がかわったみたいに照りはじめている。
夏休みが思いやられるなあ、と卓也は、自分の足のさきをぼんやり見つめた。

あついのはきらいだ。

遠くで男子がサッカーをしている。
女子は体育館でちがうことをしてるようだった。

ボールをけって追いかけていく男子たちのさきには、サッカーゴールがある。その網をながめて、卓也はため息をついた。

あのあみあみに身体をとおしたら、さーっと、身体がバラバラにならないかな。

昨日食べたところてんを思い出すけど、口元にあの時の涼しさはない。

だれかがゴールを決めた。

三日前に転校してきた卓也にとっては、誰がだれだか分からない。

だから同じような人間のかたまりが、わーっとアリみたいに絡み合うのをみると、不安しかなかった。

じぶんがあの中に入っている想像ができない。

校長室でおかあさんと話した時のことを思い出す。

申し訳なさそうに、新しい学校で友達ができるといいな、と言っていたおとうさん。

別々のところで、それぞれと話したのに、なんでか挟まれてるみたいな気持ちで卓也のからだがぎゅう、となる。

なかよくなれるかなあ。

なかよくなりたい、と自分でも確かに思ってるはずなのに、目の奥のほうで、もやもやが広がっていく。

「たくやくーん」

ふと、自分を呼ぶ声が聞こえて目をむけた。

サッカーをしていた中の一人が、遠くからおおーい、と口をぽっかりあけていた。

なにを言われるんだろう、と怖くなってすこしぎゅっと身体を固くする。

「太陽がー、でちゃったから、影にうごいたらー?」

ふと確かに、さっきは影に座っていたはずなのに、雲がうごいて太陽の光が卓也の体をさんさんと照らしていた。

ありがとう、とお礼を言う前に、その男子はたーっとサッカーに戻ってしまった。

さっきより、すこしだけ体がやわらかくなる。

もしかしたら、と卓也は思う。

今まで、すぐに転校するからあんまり自分から仲良くなろうとしなかった。だからおとうさんもおかあさんも心配していて、それがすごくいやだった。
うまく立ち回れないじぶんが。

でも、もしかしたら、自分が思っているより、難しいことじゃないのかもと、なぜかこの瞬間、急に卓也は思った。

太陽が、グラウンドにいる全員を照らし出す。

雲はもう、空の遠くの方へいってしまった。

おわり


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