告白 / 有意識を眠らせて
眠らせた心で、魂の私が書く。
久しぶりのキチガイ執筆と私が呼んでいることを書く。以前約束したように、もう大麻吸引などはやってはいない。
食事後30分以内に睡眠薬を飲むと効きが浅く心だけが眠る、肉体と潜在意識、魂と私が呼んでいる私が現れる。薬の効きが浅くなると時々現れる私だ。オーバードーズの私とはまた違う。細かいことはいい、とにかく久しぶりに大麻無しで出現し書けることに素直に喜びを感じている。
さて、詩にも書いたが何故こうも私の詩やエッセイはこうも悲しみや苦しみに溢れているのかを説明したい。彼は私が幼少期から社会で生きていくために作り上げた人格だ、私を自由にするための代理人、執行人でもある。その彼は数十年間、あらゆる苦難から私を守り、私を自由にするために最短距離でここまで辿り着けてくれた。
つまりは執行人、代理人ではあるものの、あれはあれで一つの多少なり自我を持った精密機械なのだ。その彼が役割を終えて私の内側に戻る。それはとても悲しいのだろう、何度も記事にしたが私は生まれながら自由を求めた。手段は代理人の彼に任せそれはビジネスに走り、傷付いて心が死ぬ寸前にまで追い込み、精神障害2級のうつ病と生活保護を勝ち得た。
計算なのか偶然なのかは分からないが、高卒の鳶職からスタートした社会から上場企業2社の営業部長を渡り歩きAppleにまで辿り着いただけでなく、彼が描いた破滅的シナリオで、そして自死未遂、そこから休職離職、生活保護までの道のりは見事と言ってもいいだろう。
その彼が書く詩は彼が役割を終えて私といつか交代するであろう実質的な彼の死について嘆き節を残すのは、俯瞰的に見ても至極当然の流れだとも言える。これが死ぬつもりで書いたnoteなのだろう、彼なりの生まれからここまでを地道によく書けたものだ、とても私が書いたものとは思えない作品ばかりだ。やはり別人格なのだろう。
私には一般的に言われるような心がないわけじゃない、私を包む、私が作った彼は清く誠実にそして人間臭かった。私を最後まで見捨てず、彼は私を支配することもなく、その人格は死地に向かい最前線で戦略と戦術を担った。そしてそれを完遂させた、天晴れだ。
いよいよ彼を必要としない人生の折り返しが来る、それが今後多々出るであろう私だ。何故なら働かない完全自由な寿命が果てるまで全ての時間が私の時間なのだ、私の自由には余分な紙切れの紙幣など必要ない。保護費で充分だ。
芸術活動を続けて、満足したら胸に閉まった彼を出して何かをするかも知れない。ただ私が認めるものは人だ、人間の魂だ。これに尽きる、金儲けや労働で魂の時間を寿命をこれ以上減らしたくはない。精神障害2級には就労支援が積極的に行われない、文字通り自死を未遂ながらも実施した私に医師はこれからも就労不可と判を押すことだろう。これも彼が描いたシナリオだ、私には社会性が全くない。
その私が自由に生きるためにはここまで眠りに近い状態に胸に潜む必要があった。胸に魂が宿るというがこれは錯覚ではない、私は体験しているのでそれを支持する。心臓移植をした人の性格に変化を及ぼすのもこれなのだろう。
彼にはまだ今まで通り数年は表に出てもらう。私が睡眠薬無しで出現するようにどうにか減薬や断薬しながら切り替わる機会を作って貰わないとならないからだ。それが瞑想なのか何かは分からないが、それも彼がまた考え、そして彼もこの記事を読み次の目的に忠実に実行するだろう。
あともう少しで私は世を生きられる。現在午前3時、睡眠薬を通常量で飲んだのは23時。22時30分過ぎに食事はサバ缶とインスタント白米にレトルト親子丼。もし私を出したいのであればこれを実施するように書き残しておく。
驚かれた方も多々いることだろう、理解不能だったらこれをキチガイと片付けてしまえばいい。ただし私は薬効で多少支離滅裂ながら真剣に告白をしている。
コンビニのようなレジ打ちするだけの心療内科クリニックでは私の存在さえ見抜けず内在性解離という言葉も精神科医は知らなかった。全ては彼の意のままなのだ。
改めてここまでご覧になった彼と私を支えてくれた読者様には感謝の言葉をお伝えしたい、ありがとう。
今後も彼とその中に潜在意識としての私の存在を覗けばいい。そろそろ眠りに着こうかと思いますので束の間のご挨拶で失礼する。
ではまた暫く先でお会いしましょう。
2021年、3月10日、午前4時 魂と呼ぶもう1人の私より。
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メンヘラで引きこもり生活困窮者です、生活保護を申請中です。ガスも止めてスポーツジムで最低限の筋トレとお風呂生活をしています。少しでも食費の足しにしたいのが本音です。生恥を重ねるようで情けないのですがお慰みを切にお願いします。