『ヒストリエ』を我流で解説する。
『ヒストリエ』では、主人公のエウメネスはスキタイ人という設定。彼は、本当にスキタイ人だったのか。
読み進めていけばわかるだろうが、先に、明確にしておく。血筋的に混じっていたかもしれないだとか、そんなレベルのことは、もう誰にもわからない。
「可能性がある」×「確証が得れない」ことだからこそ、創作に使って、おもしろいのだし。
同名の歴史上の人物は、カルディア出身。現代だとトルコ領である半島 Gelibolu Yarımadası に、古代の都市国家カルディアはあった。
しつこいが、違う言い方もする。
カルディアのあった位置 (点) は、当時トラキアと呼ばれていた地方 (面) の中にあった。
エウメネスは、アレクサンドロス大王に側近的に仕えた者たちの中で、唯一の非マケドニア人かつ非軍人だった。そんな二重のアウトサイダーが、実際、名将の1人に数えられていた。
服装が独特なこともあり。ぱっと見、エウメネスのイメージとは、かなり異なる。
主観だが、地理を見ないと何事もあたまに入っていかないので、地図系からいく。
スキタイ人は、西はトラキアから中央アジアの草原・東はモンゴルのアルタイ山脈まで、紀元前7世紀から3世紀にかけて栄えた、遊牧民族である。
(カルディアの位置がわからなくなったら、先ほどの地図に一度戻ってから、また下の地図を見て)
彼ら彼女らの存在・影響した範囲が、いかに広大だったか。まず、それを表したかった。
私たちは「遊牧民」と聞いただけで、こじんまりとしたイメージをもちがち。〇〇帝国が大きすぎる。価値観がバグりやすい。〇〇の独歩高と似ている。
スキタイの話をこれ以上進める前に、前提として、重要なことがある。トラキアとの区別だ。
スキタイとトラキアの関係性は、支配した/されたなどの、単純なものだったとは言いがたく。互いに大きな影響を与えあっていた。
そのため、ある出来事がスキタイ人のことなのかトラキア人のことなのか、判断が難しい時がある。
トラキアは「トルメキア」か。
かつてのトラキアと現代のウクライナの位置・距離的に。
宮崎監督の言葉。「腐海。ウクライナ南部に、実際にそういう土地がある。不毛の地がシュワージュ(腐った海)と呼ばれていることを知った時、すごい言葉だと思った。とても興味をひかれた」
『風の谷のナウシカ』のクシャナは、トルメキア王国の皇女でありながら、将軍。人類が蟲におびえることのない世界という意味での、平和を願う人。その実現のためには、手段を選ばない面も。
NAUSICAA と CUSIANAA はアナグラムに見える。2人の共通点と違いを表すかのように。
アニメより長尺な原作では、クシャナは、肝のすわった軍人・能力の高い為政者・部下を大切にするリーダーとして描かれている。
以下、しばらく、関連性の見えない話が続くと思う。がんばって読んでほしい。
ホメロスの『オデュッセイア』にて。オデュッセウスはナウシカアーと出会う。
現代でいうと、ギリシャにあるケルキラ島という場所で。そう推測されている。
他英雄たちが腕自慢の豪傑であったのに対し、頭脳を駆使して勝負するタイプだったとされる、オデュッセウス。トロイア戦争では、木馬のしかけを用い、長年のこう着状態を打破。自軍を勝利へと導いた。
高貴な生まれだが、平民にわけへだてなく接する人だったナウシカアー。世俗的な幸福より音楽や自然を愛し、結婚もせずにいた。ところが、彼にはほぼ一目惚れ。
妻の待つ故郷に帰りたいオデュッセウス。それをサポートするナウシカアー。自分のことをいつまでも忘れないでと願った女と、大切な恩人を永遠に忘れないよと誓った男の物語だ。
オデュッセウスの妻は、彼の帰還を信じて待ち続ける、立派な人。2人はよい夫婦だ。
ナウシカアーとは、「船を燃やす者」の意。船を見るたび、二度と会えない彼への想いがたぎるという意味か。はたまた、他の女のところへ向かう船など、燃やしてしまいたかったという意味か。そのどちらもの間で炎は揺れたか。
ナウシカの「船を燃やす」ジレンマは壮絶だ。
『堤中納言物語』の「虫愛ずる姫君」。
貴族だが、源氏物語や枕草子の時代に、虫を愛で、お歯黒もせず眉もおとさなかった女性。同世代と色恋の話をせず、子どもたちと生き物を追いかけた。
民と親しくする身分の高い人。自然や動物を愛する人。純粋で好奇心旺盛な人。決めた道を貫く人。損得勘定なしに他者を助ける人。……
宮崎氏は、西洋の神話と日本の民話を融合させた。
アテネのローマ時代のアゴラ=公共広場に、「風の塔」という建物があった。現存する。
8角に8人の風神が掘られている。内部には、かつて、水力で動く時計があった。
トルメキアの話はわかったけど、ナウシカアーの話は関連があったの? → ある。
オデュッセウスは、“馬” で戦に勝った知将なのだから。「スキタイ人であるエウメネス」だ。身の丈にあわぬ文明化と滅びの話も、スキタイに関係する。後半で書く。
話を元に戻す。
スキタイは、「鞍上で生まれ鞍上で死ぬ」と語られたほど、馬と共に生きた民族だった。
ステップ気候の土地は、砂漠より湿っているが、乾燥帯ではある。雨季に短草や低木が育つと、草原が出現する。
スキタイは、最初期の騎馬遊牧民だ。スキタイから騎馬の技術を教わったとされる、他の遊牧民族の中に、匈奴(きょうど)がある。匈奴は、秦・漢時代に、中国の強敵となった。
スキタイ人は、鞍とあぶみを使用した。今では当たり前のことが、当時は当たり前のことではなかった。
私は、知識の意味だけでなく馬術にとても詳しいので (ドヤァァ) 、これは言いきらせてもらう。
あぶみありで馬に乗る者と、あぶみなしで馬に乗る者がいれば。そしてそれらが一戦交えるとなれば。そこには、天と地の差が生じる。シンプルな騎馬戦としての結果は、火を見るより明らかなものになる。
スキタイ戦士が死ぬと、その愛馬を殺すことがあった。馬具一式もそろえて、一緒に埋葬した。後の発掘で判明していること。
以前、ヴァイキングの最強戦士が女性だったことを書いた回でも、同様の話を出した。騎馬による戦闘を得意とした彼女は、愛馬と一緒に埋葬されていた。
それほど、思い入れが強かったのだ。古代エジプト人にも、似たようなところがあった。いや、もっと極端だったか。
スキタイ人は、馬以外の動物も愛した。
スキタイの埋葬品などから、精巧な工芸品が、数多く出ている。そこには、あらゆる動物が見てとれる。
このあたり(金製品)が、先述したように、スキタイのものといえばいいかトラキアのものといえばいいか、わかりづらい例。
モチーフになっている動物は、大きく分けて、3種類:猛禽類・草食動物・肉食獣。このことは、スキタイの信仰に、3種類の世界:鳥のいる天国・人のいる中心世界・超自然的な獣がいる死後世界があったという説と、矛盾しない。
スキタイ人はグリフォンの概念をもっていなかったはずが、ある時点から、グリフォンのモチーフが頻繁に登場する。スキタイ人とギリシャ文化とが、接触したからだろうか。どうやら、諸説あるようだ。
彼ら彼女らは、鎧作りもうまかった。腕や肩のまわりは、自由に動きやすいように、小さめにおおうなど。細かな調整をしていた。
手先が器用だったのだろう。
倒した敵のドクロを盃にするなどの、残酷な習慣があった。
手先が器用だった (笑)。怖いサステイナブル。
当時、複数の国(ペルシャやギリシャ)が、スキタイ戦士に加勢を依頼していた。強かった証拠だ。
彼ら彼女らは、敵を領土の奥深くまで誘導し、馬上から一斉に弓矢で仕留めるなど、ヒット・アンド・ランのような戦法をよく用いた。
スキタイの最も華々しい勝利は、ペルシャのアケメネス朝に対するものだろう。ダレイオス王のスキタイ領土への侵入を阻止した。
スキタイの「部族連合構造」について、ヘロドトスの記述の中に、その詳細がある。
スキタイの異なる集団の中に、特に有名な長というのは存在した。実力主義による貴族的な。だが、比較的無名の長でも、戦闘計画などにしっかりと発言権をもっていたという。
古墳から出土した盃(また金製)に、兵士たちの様子が刻まれている。その構図は、兵士間における、共通の目的や仲間意識を強調するもの。
仲間のために敵と戦う個人が、結果的に、強力なチームとなること。これは、同様の概念が、スパルタ人にもあった。
スキタイとスパルタ。地上最強とうたわれたことのある2者は、この点で、かなり似た思考を有していた。
スパルタについて、以前に詳しく書いた回。
『ヒストリエ』の原型は『ヘウレーカ』だ。
『ヘウレーカ』の主人公はスパルタ人のダミッポス。頭脳派で弁が立つ。文武両道。
『ヒストリエ』の主人公はスキタイ人のエウメネス。頭脳派で弁が立つ。文武両道。
ダミッポスとエウメネスの知名度は違う。前者は、『マルケルス伝』に少し登場するくらい。大昔の人なのだから、いずれも、わからないことが多いのには変わりないが。それでこそ、創作に使いやすいというもの。
①『ヒストリエ』のアレクサンドロスとブーケファラス
②『ヒストリエ』でアレクサンドロスの実の父親だと示唆される人物
③ローマ時代のポンペイの壁画のアレクサンドロスとブーケファラス
つまり、7巻の表紙は読書へのヒント。
ブーケファラスは実在した。野獣と呼ばれるほど、荒々しい馬だった。手なずけたのは、アレクサンドロスだけだった。
ヒュダスペスの戦いで愛馬を亡くし、彼は、ひどく嘆き悲しんだ。ラスト・ランになるとも知らず、懸命に駆けるブーケファラスが、目に浮かんできそうだ。
この歴史的な名勝負で、馬にフォーカスする私が変わり者なのであって……申し訳ない。ポロス側の動きもよかったことから、大変おもしろい一戦となった。
オススメの動画を貼っておく。聞く人を飽きさせない話し方。
そろそろ、ヘロドトスを登場させなければならない。なぜなら、スキタイ人に関する情報の多くが、彼によってもたらされたものだからだ。
紀元前480年頃。ヘロドトスが生まれたのは、ハリカルナッソスという土地。
現代のボドルム。トルコの都市だ。
世界ではじめて、史実を体系的に研究した人であったため、「歴史の父」と呼ばれている。
彼は、エジプト・トラキア地方・スキタイの領土・現在のパレスチナ・ウクライナなどを含む、多くの土地におとずれた。そして、さまざまな物事を見聞きした。
著書『歴史』は、完本として残っている。有名な「エジプトはナイルの賜物」も、『歴史』の中に書かれている言葉である。
内容に不正確な点が多い、と批判されることがある。いやいや、言うは易しよ。実際にやってみなさいよと。交通手段も限られた時代、すさまじい労力がかかったはず。
そもそも。歴史という概念さえなかった時代だ。「ヒストリエー」とは、探求や調査を意味するギリシャ語。『歴史』は、現在の歴史の意味で書かれた書ではなく、世界で起こった出来事への探求をまとめたものということになる。
ヘロドトスほど大規模ではなかったが、いわゆる、フィールド・ワークの先人もいた。
誰かの試みを見て。自分もやってみようというポジティブな気持ちが、人を動かし、それこそ歴史をつくるのではないだろうか。
ちなみに、「ヘウレーカ(ユリイカ)」は、解った・発見したという意味。
古代ギリシャの科学者アルキメデスが、ある原理を発見した時のこと。うれしさのあまり、裸で、「ヘウレーカ!ヘウレーカ!」と叫びながら街中を疾走したという、事故。笑
風呂につかり湯船からあふれる湯を見るという、平凡な日常の中。その日だけはなぜかひらめいたというのだから、仕方ない。案外、天才あるあるなのかも。
『歴史』の冒頭:「これはハリカルナッソスのヘロドトスの探究心を示すもので、人間の行ったことが時の流れとともに忘れ去られないように、また、偉大で驚異的な行為、あるものはヘレネース人によって、あるものは野蛮人によって、その栄光を失わないために」
ペルシャ人の傲慢さが、いかに大帝国の没落を招いたか。その裏にある個人の物語や、道徳的な教訓。そういったことも、ヘロドトスは、伝えようとした。
スキタイも然り。
ギリシャの植民地を攻撃して、黒海貿易を独占しようとしたあたりで、他勢力からかなりの攻撃を受けたこと。その後、フン族やゴート族によって、壊滅的な打撃を受けたこと。
こういったことが、スキタイの滅びへの道となった。そのように言う学者がいる一方で。スキタイが縮小していった理由は、実のところ、よくわかっていない。と言う学者もいる。
贅沢な暮らしになっていき弱体化したのだとか、内部抗争が衰退をもたらしたのだとか。そのような説もある。前者をもっとハッキリいうと、スキタイの貴族戦士からはじまった、ギリシャ化。
最後はスラブ人と同化。スキタイは消えていった。
聖書に、スキタイ人に直接言及している箇所が、1ヶ所だけある。
コロサイ3:11「ギリシャ人もユダヤ人もなく、割礼も無割礼もなく、異国人もスキタイ人も奴隷も自由人もない。ただ、キリストが全てであり、全ての内におられるのだ」
以下は、バビロンを征服したペルシャ人のことをさすと、一般に思われている部分だが。スキタイ人を表していた可能性も、無きにしも非ず。
エミリヤ50:42「彼らは弓と投げ槍をとる。彼らは残虐で、憐れみを示さないであろう。その音は騒ぎ立つ海のようであり、彼らは馬に乗る。バビロンの娘よ、彼らは戦いのためにひとりの人となって陣立てをし、あなたを攻める」。
“ここ” には、これ以上、何の手がかりもない。
〆に、スキタイの女性の話をする。
麻で小さなテントをこしらえ、赤く熱した石を入れ、その上に麻の種を置いていた。すると、湯気が立った。サウナだ。
今年の夏、ふんぱつして、贅沢なグランピング旅行を数人でした。部屋つきの露天風呂の脇に、これがあった。スキタイの女性陣は、DIYで大昔にやっていたこと。自分が情けなくなってきた。
植物で、今でいうところの顔面パックをしていた。彼女らは翌朝ツルツルだったと、その美顔効果は、ヘロドトスも認めるものだった。ヘロドトスおじさん、おもしろいな。
ドレスには複雑な装飾がほどこされていた。
音楽にあわせて踊るのが好きだった。太鼓やハープ状の楽器が、たくさん見つかっている。
軍事的・政治的に、男性と同等の役割を果たしていた。スキタイ戦士の埋葬の5分の1は、女性のものだった。このことに関しては、他にも、多くの証拠が見つかっている。
食料と水なしで戦うと評判だったスキタイ人。
「これを口に含んでいれば、飢えや渇きを感じることはない」スキタイ人が12日間の飢えと渇きに耐えたーーという伝説の中の一節だ。何らかの植物だったと思われる。
スキタイの全盛期。彼ら彼女らは、自然と動物の力を借りながら、240万km²という驚異的な領土を有した。
雄大な草原を駆けぬける、スキタイの騎馬隊。ゴールドがふんだんに使われた馬具は、西日に照らされて、光り輝いていただろうか。さぞや、見事だったろう。