記事一覧
短編小説『たとえば季節が廻ったら』
会いませんか。
画面に現れたその言葉を見た瞬間、私は今までの人生(って言ってもたった十七年だけど)で一度も感じたことのない高まりを覚えた。椅子から立ち上がり部屋をぐるぐるしても落ち着かなくてベッドにダイブしごろごろと左右に転がる。それから仰向けになって天井を眺めながらぼんやり考えた。会いませんか、っていうのはつまり、会いませんか、私とどうですか、って……こと……だよな……。
「えええ……?」
短編小説『水溜りの月』
鏡に問う。
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのは誰?」
ではなく、ニヤケ顔でこう訊く。
「お前は誰だ?」
繰り返す。リフレインするほど言葉は重みを増して、鏡はぼやけていく。
「お前は誰だ?」
この恐ろしい表情をした男は、逸らしてしまいたい目は、叫び出しそうな口は、今にも飛び出して襲いかかってきそうな、お前は、誰だ?
洗面台から男は呆けた顔で玄関へ向かう。何処へ行きたい訳でもないが、恐怖
短編小説『地獄に堕ちたメイドども』
可愛い、と僕に向かって言ってきたその人の頬を打っていた。自分でも気づかないうちに。高い破裂音がひとつ。それから、潮が引いていくみたいに教室から喧騒が消える。首を左右に動かして、誰もがこっちを呆然と眺めているのを見て、僕はその場を逃げ出した。
メイドの衣装を着て体育座りをすると、こんなに心許ない気持ちになるんだ、と初めて知った。出来ればそんなことは永遠に知らないでいたかった。体育館の裏、ここ最近
偽病六尺 #3 「2023年の総括」
人の時間は早いね。これ多分一年を振り返る系文章の今年における最多登場フレーズだと思う。そんなことはさておき。もう今にも2023年が終わってしまう。これといって印象的なことも無いなと思っていたら年末に立て続けに大変なことが起こってしまって未だ少し呆気に取られたままで、軽いショック状態からギリギリ立ち直れていない可能性がある。しかしひとまず色々脇にどけておいて、例年通り個人的ベストムービーやら何やら
もっとみる偽病六尺 #2 「Glare」
わが子が巣立っていくのを見届けるというのはこういう感覚なのかしらとひたに思うのであった。ヤマシタトモコ『違国日記』最終十一巻を先程読み終えての現在の心情。田汲朝という少女に対してであるとともに『違国日記』という作品そのものに対してでもある、われとわが手を離れていってしまうものへのさびしさにひしゃげている。恐らくこのままいくと私は今生では子供を持つということは無いだろうから、どこか擬似的に貴重な体
もっとみる偽病六尺 #1 「そろそろ名前を変えないと」
この日記とは名ばかりの月報と呼ぶにもサボってしまいがちなこれを始めた頃は今ほど「Z世代」ってものの知名度が高くなかったからこいつはいいやとタイトルに使ったんだけど最近巷でよくこの言葉を耳にするようになってしかも大抵良くない文脈の中に入れ込まれているし一応生まれ年的にちゃんとその世代に自分は該当するんだけど今や世間一般のイメージは「今の十代の子達」みたいになっているのでアラサーのこんな私が自らをそう
もっとみる暗黒日記Z #40 「来世は人外がいい」
リアクション動画を見るのに数年前からハマっている。特に海外の方の動画。アニメやニコニコ動画が好きな人なら一度は目にしたことがあるであろう「海外の反応」とかあの手のやつだ。沢山の外国の方々の顔がワイプのように映し出されていて、中央にはかなりボカされていたりフィルターがかけられていたりして音声も極限まで絞られたアニメ本編が載っているやつ。あのスタイルの動画に使用されていた内の一人である「伯爵ニキ」「
もっとみる暗黒日記Z #39 「ローソンの月見とろろそばが食べられないこんな世界なんか一緒にヒャッハーしちゃおっか」
全部全部めちゃくちゃになっちゃえ〜、と思いながら温玉の消えたそばと半熟ゆで卵を買って上手くすればあの味を再現出来るのではなかろうかと挑戦したところ無事失敗に至る。後日ファミマでとろろそばと温泉たまごを買って組み合わせてみたけどやっぱり私が愛したあの味にはならなかった。まるで知らなかったが鳥インフルの影響で卵が今かなり高騰しているようなので、それが収まるまでの一時的な措置であることに期待を寄せておき
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