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短編小説『減法混色』

 ドアノブをつかんだ手に静電気が走った。季節外れのその感触を煩わしく思いながら資料室の中に入る。いつ来てもここは埃だらけだ。業務上沢山の人間が毎日出入りしているはずなのにまるで長いこと放ったらかしにされている物置のよう。誰か掃除しろよ、と恐らく会社の誰もが思っている。でも誰もやらない。そうやって長年降り積もった埃たちは今朝もこうしてちょっとずつ僕も吸い込むことになってしまう。
 取ってこいと指示されたのは、昨日の終業間際に届いたSxS(エスバイエス)だった。SxSというのは板状の細長いメモリーカードのことで、言うなれば業務用の超ヤバいSDカードである。この資料室にはそれが無数に保管されているのだ。容量にもよるがウチの会社が使っているのは大体一枚二十万円くらいするやつらしい。そんな大変な物をこんな汚れた場所で取っといていいのかとは思うが、掃除をしろとは入社してから三年間一度も僕は言われたことがない。
 前日に届いた分を入れておく箱から指示にあった番号の振られた一枚をプラスチックのケースごと取り、編集室に戻った。午前中の僕の仕事はこのカードの中の映像や音声に乱れなどの問題が無いか確認することだった。机の上のリーダーにカードを差し込んで専用のアプリケーションをPC上で起動する。読み込みが終わって、さあ今日の作業の始まりだと肩を回してから再生ボタンを押そうとしたが、それは出来なかった。画面上に表示されているのは映像のサムネイル。クリックすれば再生が始まる。だけど僕の手はある人の顔が表示されているそこにカーソルを合わせようとしない。
「何ぼーっとしてんの、調子悪い?」
 先輩社員が頭の上から声を掛けてきたので慌てて大丈夫ですと答えて勢いで再生し、ヘッドフォンを被る。やがて聞こえてきた声に懐かしくなって、僕はつい口を片手で押さえてしまった。
 映像の中で喋っているのは僕がかつて付き合っていた女の子なのだった。文随葵。彼女とは同じクラスで席が近かったとかそんな些細なことがきっかけで仲良くなった。ちょっとした授業の合間などの時間に話しているうち、お互い通じ合う物があるのがなんとなく分かっていって、夏休み前にはもうどちらからと言うこともなくそういう間柄になった。時々喧嘩もしたけど結局高校時代いっぱい僕たちは別れなかった。しかし僕が上京し、葵は地元に残って、物理的に距離が生まれると、心もごく自然に離れていった。付き合う時と同じだった。どちらからと言うこともなく僕たちは別れた。切り出したのは僕だったけれど。それからもう二年以上連絡を取ってはいない。
 画面の中の葵が笑う。記憶の中の彼女よりいくらか落ち着いているように見えた。それもそうか。何せ僕たちはもう良い大人だ。社会に出てから三年も経ってるんだから。少し私的な感傷に浸ってしまったが、僕が今やっているのはその「良い大人」の責任が伴う仕事なのだった。プロとして、映像のチェックをするための自分にスイッチを切り替える。すると彼女の顔や声だけではなく、話している内容、そして周りに散らばる文字たちが目につくようになっていった。
「賞を受賞したと聞いた時は、正直、ようやく、という感じでした。これでようやく私がやりたいことが出来るようになるんだって。小さな賞ですけど、なんて、ははっ、失礼か。でも、少なくとも確実に一歩進めたって思えたんです。ここ数年間の自分が……うーん……報われた? ような気がしました」
 葵は言葉を慎重に選んでいるかのように、ところどころ小さい間を作りながらゆっくりと語る。画面左上には「噂の美人作家に直撃!」という下卑たアオリ文句がつけられていた。どうやら彼女は何か小説の賞を受賞したらしい。映像を続けて見ていくと、彼女が獲った賞はなんということもない、言う通りの小さな雑誌が主催する文学賞らしい。それなのにどうしてわざわざテレビ局が取材なんかしているかといえば、理由は彼女のSNSにあるんだそうだ。インタビューの後に流れた解説映像には、葵のSNSでの投稿が映っていた。特別変わった発言をしているという訳ではない。注目されているのは発言ではなく容姿の方なんだという。ありふれた日記のような文章を添えた自撮りを彼女は頻繁に投稿し、そこから人気に火がついたのだとナレーターは語った。まるで文章なんか二の次だと言わんばかりの表現には引っかかるものがあったが、僕は午前中丸ごとかかって映像を見通した。どこにも問題は無かった。あるとすれば、僕の気分だった。僕が葵と別れたのは距離が出来てしまったからというのは本当だ。簡単には会えなくなって、そうなると色々と満たされなくなってしまって、僕は会社の一つ年上の女性と、まだ葵と別れる前にセフレのような関係になっていた時期がある。その人には夫がいた。だから本当にただ月に2~3度することをするだけだったが、およそ半年ほどそうした関係は続いた。葵と別れようと思った決め手はその人の存在だった。正直言って、僕はその人とそのままの関係では終わりたくないと思ってしまったのだ。きっと彼女もそう思ってくれているのだと愚かにも考えていた。互いに今のパートナーとは別れて新しい関係を築いていけるのだと。だがそんなのは青い理想でしかなかった。僕の雀の涙ほどの給料から捻出した費用で買った指環をその人は受け取ってくれず、それきり社外では会ってもくれなくなった。もうその人は会社を辞めたが、今では名前すら思い出したくない。ごく限られた信用できる友人に話すときも「その人」という言い方をしている。
 そういう訳で、広い意味で僕と葵は距離が出来てしまったから別れたのだと言うことが出来るだろう。ただやっぱり素直に考えれば僕が彼女を裏切ったのだというのが妥当なところではある。映像の彼女の姿を見ている間中、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。恐ろしいことに、僕は今までこの気持ちを感じることが無かった。地元を飛び出して、日本一人間が多い都市にやってきたんだ。これくらい仕方のないことだ。そんな風に、当たり前のように自分を正当化してしまっていたのだと初めて思った。
 週3レベルで買っている板チョコの入ったクロワッサンを食べきり、安いコーヒー(こちらは週5、仕事のある日は毎日同じやつを飲んでいる)をすすりながら、生気という物が一切存在しないくたびれた休憩室で僕は彼女のことばかり考えてしまった。白いテーブルの周りに置かれた虚しいカラフルさを誇るパステルピンクや黄緑の椅子たちには、先輩たちが深々と腰を据えて爆睡している。机に突っ伏している人と背もたれに全体重を預けて後ろに倒れてしまいそうな人はぴったり半々の割合。僕のようにスマホを出して、誰かと電話で話そうかと悩んでいる人なんている訳も無かった。
 葵の番号を見つめながら僕は迷った。今更話してどうする。ごめん、別れようって言ったのは、実は不倫してたのが理由でした、そう彼女に話すのか。……こんな真昼間に? ブラインドを下ろしていても遮り切れない日光が歯止めをかけてくれて、とりあえず昼はゆっくり休憩することが出来た。
 午後は数日前に日本列島を舐めるように縦断していった台風の被害をまざまざと感じさせられる映像を確認し、僕は会社を出た。会社は西新宿という割と都心も都心の場所にあるので、ある意味その辺でいくらでも電話をすることが出来る。台風の映像を見ながら僕はずっと考えていたのだ。真実を伝えるかどうかはさておき、やはり葵とは話がしたいと。全く会わず、メールなどのやりとりもしないでいれば、どうということは無かった。そうしていれば文随葵という人なんて僕の中では存在していないにも等しかった。でも姿を見て、声を聞いてしまうと、話したいという気持ちになってしまうものだ。存在を実感してしまう。どのツラ下げて、とは思う。それでも僕は退社後すぐ、なるべく話しやすそうなところ、と考えて中央公園まで行き、原っぱのようになっているところへ座り込んだ。この時間ここにはあまり人がいない。
 この電話番号は使われておりません。そんなオチへの期待は空回りし、電話はつながった。何を言った物かと、特に第一声を考えていなかった僕は自分から発信しておいて黙ってしまったが、葵はそんな僕の様子に気づきでもしたみたいに「久しぶりだね」と言ってきた。あの映像の方が電話より音質が良いのは間違いないのに、彼女が自分に話しているという事実のせいで電話口の声の方が圧倒的に心臓に悪かった。
「久しぶり……」
「うん、もう……二年半ぶりくらい?」
「そうだね……」
「何? ふふふ、なんで急に?」
「あ、はは……えーっと」
 変に嘘を言って誤魔化すより本当のことを話したほうがいいだろうと、僕は今日の午前の仕事について彼女に説明した。そうなんだ、とだけ言った彼女は、あまり僕の話を信じてくれてはいないような気がした。
「何か言うことがあるんじゃない?」
 彼女はそう続けた。まさか、と僕は浮気のことがバレているのかと思って一瞬ゾッとしたが「作家デビューおめでとうとかそういうの」という要望を聞いてほっとした。おめでとう、と出来る限り心を込めて言う。
「葵がそんなの目指してるなんて知らなかった」
「言わなかったからね。っていうかそんなのって言い方はひどくない」
「ごめん……」
「ふふふ、良いけど。そんなしょんぼりした声出さないでよ。湊はどうなの。その仕事、楽しい?」
「楽しい……うーん……。楽しいかって言われると微妙だけど、まあ、つまらなくは無いよ。毎日違う映像見るわけだし」
「映画好きだもんね。結構向いてそう」
「そうかもねー……」
「何?」
「いや……」
 率直に言って、僕は戸惑っていた。もっと冷たく対応されると思っていたから。ピリピリした感じで気を使いながら話すことになるだろうと思っていたのに、まるで別れてなんていなかったみたいに、付き合っていた頃と何も変わらない彼女に驚いた。なんなら別れる直前のなんとも言えない気まずさがあった時期よりもフラットに話すことが出来ている。付き合って一年が経った高二の夏頃、あの一番良い時期のような感覚があったのだ。久しぶりに会って話したいと提案してしまったのは、少なくともこの時は純粋に昔を懐かしみたいから、そして現在の彼女とじっくり腰を据えて喋ってみたかったからだった。少しの沈黙の後、葵は僕の唐突な発言を快諾してくれた。

 今も変わらず地元に住んでいるという彼女にわざわざ来てもらうのも忍びなく、僕は土曜の朝、車で茨城へと向かった。思えば上京してから一度も僕は帰省という物をしていなかった。帰ろうと思えばいつでも帰れる距離だし、帰ったところで折り合いの悪い親兄弟と会うことになるのは気が進まなかったのだ。もしかしたら葵の存在が無ければ割と冗談ではなく僕は身内の葬式でもない限り帰省することはなかったかもしれない。
 土浦北インターチェンジで高速を降りて国道125号線に合流した段階でかなり「帰ってきた」という感覚は湧いてきて、筑波山の姿を見た時にはもうすぐだ、と胸が高鳴った。あんなに出て行きたいとずっと思っていた土地なのに、離れてしまえば懐かしく美しい空間に思えてしまう。人の気持ちとは、というより、僕ってやつは、つくづく自分勝手だ。
 二時間のドライブを経て、僕はとうとう生まれ育った町まで辿り着いた。桜川市。だだっ広い田んぼと、濁流のような色で大して川幅もない上に背の高い雑草がどこまでも鬱蒼と生い茂っているせいで河原なんてものが存在せず情緒もクソも無い一級河川、桜川。一度外に出てから改めて見てみると、よくもまあ僕はこんな場所で18年も生きてこられた物だと思った。思い返してみれば、娯楽なんて、友達の家と、ネットと、一軒だけある「さくら書店」という本屋の中にしかなかった。でも葵は今もまだこの街にいるのだ。高校卒業間際に僕は一緒にここから出て行かないかと誘ったが彼女はそれを断った。あの時は上手くはぐらかされたような気がするけど、もし訊けたらもう一度、何故? と彼女に訊いてみよう。何故きみはこの街にいるのかと。
 待ち合わせ場所は小さな喫茶店。一度も行ったことの無い場所だったけどそれが一番無難だろうと判断してのことだった。というよりも僕がいた頃にはこんな店無かった気がする。当たり前だけどこの街だって変わっていっているのだと思った。
 本当に小さい店なので入ってすぐに葵の姿を見つけることが出来た。彼女の他に客は一人もいなかった。古いブラックミュージックがなかなかの音量で流れている店内は東京の同じような店にも引けを取らないおしゃれな雰囲気がある。僕を見て片手を上げた葵に手を上げ返し、席に着いた。すぐに店主らしき中年の男性がやってきてお冷やをテーブルに置いてくれる。葵はコーヒーを飲んでいたようだったので僕もメニューを開いて一番上に載っていたブレンドコーヒーという物を頼んだ。
「良い店だね……」
「ん……そうだね、初めて来たけど」
「ははっ、僕も初めて」
「そうなんだ」
「いやー……」
「ん?」
「えーっと……ありがとう、来てくれて」
「んー。……湊、あんまり変わってないね」
「そう?」
「うん、もっと東京に染まってるかと思った」
「なにそれ」
「髪とか、まっきんきんになって、耳はピアスだらけみたいな」
「全身ハイブランドみたいな?」
「んふふ、そうそう」
 笑いながら彼女が既に半分ほど減っているコーヒーに口をつけたとき僕の頼んだ物を店主(らしき人物)が運んできた。特に「ごゆっくりどうぞ」とかは言われなかった。この辺が田舎らしいところだろうかと思うけどたぶんそれは穿った見方だ。
「職場割とゆるいから、そういう人もいるけどね。いまのところ特に僕はそんな感じにしようって気はないかな」
「残念」
「残念なの? そうか、せっかくならめっちゃヤバい見た目になっとけばよかった」
「そうだよ。私の期待をどうしてくれんの」
「ごめんなさい……」
「ははは、あやまるなよ。こっちが勝手に想像しただけなんだから」
 電話では何ということもなく話せたけど、いざ顔を突き合わせてみて、僕は緊張してしまっているようだった。喋る言葉をひどくじっくり吟味してしまう。なかなか話を広げることが出来ないうちに、彼女はコーヒーを飲み干し、僕もあと一口で飲みきってしまうところまで来た。
「小説かー……」
 話題の振り方へたくそか、と我ながら嫌になる言い様に、葵はちらと僕の方を無言で見た。空っぽのはずのカップを両手で持って手遊びをするようにゆっくりくるくると回す。
「結構本とか読むんだっけ?」
 訊きながら、曲がりなりにもかつて付き合っていた人に対してする質問じゃないなと思う。そんなことすら知らずに僕たちはどうやって恋人をやっていたんだろう。思い出そうとしてみるけど、休みに遠出して遊びに行った時のこと、そして互いの家で過ごした長い時間、そんなことしか出てこないのだった。一体あの頃、僕たちはどんな話をしていたっけ。
「……雨引観音でも行こっか」
 僕の問いには答えず彼女は逆に問いかけてきた。僕はうなずいて、コーヒーの最後の一口を飲んだ。

 思い出の場所と言うほどの思い入れは無いけれど、その場所は小学生の頃の遠足や中学でのフィールドワーク的な授業、高校時代も二人で紫陽花を見に行ったというくらいには何度か訪れた記憶のある場所だった。雨引観音。雨引山楽法寺。バスでしか行ったことがないから無事辿り着けるか不安だったけど、助手席で完璧にナビをしてくれた葵のおかげで迷うことは無かった。
 そういえばちょうど今頃は「あじさい祭」というのをやっている時期だ。小学生時代に学年全員で行かされた時は全然楽しくなかった覚えがある。寺に花なんか見に行って何が楽しいのかとバスに乗っている間中不機嫌だったような。大事なことは思い出せないくせにそんなことばかり覚えているのが悔しい。
 車を降りて赤い門をくぐり寺の中に入ると、目的を同じくするらしい人々がちらほらいた。老人が多いが、中年くらいの夫婦らしき二人連れや、黒い背広を着た何人かのグループもいた。背広のグループは皆手に紙袋を持っていた。
 この雨引観音の見どころは何といっても無数の紫陽花が浮かぶ池である。昔は普通にただ浮かべていた気がするのだが、何年か前に紫陽花をハート型に見えるように池に浮かべるという試みがなされた時は「インスタ映え」するとして県外からも人が押し寄せたらしい。知人のインスタグラムを見ていた時に突然地元の写真が出てきて驚いた。あの街なりに色々頑張ってるんだなと思ったのを覚えている。しかし今回僕たちが目にしたのはハート形ではなかった。少し残念と言えば残念だけど、むしろ助かったような気分だった。
 池の紫陽花はほとんどが青色だった。その中に混じって黄色や赤の物が点々と散らばっている。苔生した岩や盆栽のような風格のある木と共にあると、確かにきれいだけど紫陽花の集合体は鮮やか過ぎて少し異物のようにも思えるのがなんとなく不思議だった。
「変な話して良い?」
 黙って池を見ていた葵が呟くように言った。
「え?」
「紫陽花、何色に見える?」
 葵はぼんやりと池を見続けている。視線は心なしか虚ろだ。言われて紫陽花をじっと眺めてみるが、何色かなんて、青に水色に赤に黄色。質問の意味がよく分からなかった。
「私には灰色に見える」
 すたすたと踵を返して歩いていく葵。追いすがるようにして僕はどういうことかと訊いたが、彼女は車に戻ってもしばらくの間黙っていた。やはり彼女は僕を恨んでいるのだろうか。直接会うこともせずに半ば一方的に別れを切り出しておいて、突然平気な顔で帰ってきた僕のことを。
「埃って灰色だよね」
 謝るのが一番必要なことかと考えどう言ったらいいだろうかと悩む僕を尻目に葵は僕の方を見ずに助手席で言う。
「でも違うんだよ。本当は色んな色してるの。減法混色って言うんだって。それのせいで、色んな色が混ざり過ぎて、人間の目には灰色にしか見えなくなってるらしいよ」
「えっと……何の話?」
「……変な話」
 どうしようもなく悲しいのを押し殺してでもいるかのような顔で、口元をほんのり引きつらせながら葵はそう言って笑った。それからスマホを取り出して少しの間いじっていたかと思うと、画面を僕に見せてきた。表示されていたのは彼女が受賞したという小説の賞についてのページだった。文随葵という彼女の名前の下には『減法混色』と表示されている。今しがた葵が言った単語だ。これがタイトルなのだろうか。
「ここで全文読めるから。後でURL送るよ。どうせ読んでないでしょ?」
 その通りだった。彼女に会おうという気持ちはあったのにその彼女が書いた小説を読もうとは一度も思わなかった。下心など持って来ていないつもりだった。ただ久しぶりに喋りたくなったから会いに来た。今の彼女の様子に興味があったから。自分はそう思っているのだと信じて疑わなかったが、だったら小説を読むくらいしていて当然なのじゃないだろうか。僕はどういうつもりでここまで来たのだろうと、僕が使っている物の二世代ほど前のモデルである彼女のスマホを見ながら、急に足元が揺らぐような感覚になった。
「あ……ありがとう、はは……そう、まだ読んでない……」
「だと思った」
 まるでいつもの僕のろくでもない話をいなす時のように葵は笑った。 

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