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憎しみのイコン

「ベランダで踊ってたら、隣の人に見られた…」

何でベランダで踊ってんの?とは敢えて聞かなかった。夜中の二時、寝付けずキッチンに行くと兄が汗みどろに息を弾ませていたのだ。

「何か言われた?」
「多分」
「何て」

兄は首を振る。苦情だろうか?踊った時の音が煩いとか?俺は煙草を吸いにベランダに出る。敵意があるなら俺の喫煙にも難癖を付けるだろう。その時謝ればいい。ハイライトを燻らせ大袈裟に咳をしてみると、隣の住民が仕切り板の横から顔を出してきた。見たところ20歳前後の女の子だ。

「さっきはすみませんね。喫煙も迷惑でしょうか」

女の子は顔を引っ込めた。何だったのだろう?部屋に戻ると兄は羞恥心に悶えていた。

「いた?」
「いたけど、特に何も」
「あ~どうしよ…謝らなきゃかなぁ」

さて、どう答えるべきだろう。引きこもりの兄が隣人への謝罪を考えてる。積極的な対人関係は社会復帰への前進だ。しかし俺は隣人の素性をよく知らない。禄でもない攻撃性の強い人間だったら?その可能性を踏まえこう答えた。

「さっき謝っといたからいいよ」
「まじ?そっかぁ」

後日出社前、再度正式な謝罪に隣人宅のベルを鳴らした。すると学生服に身を包んだ昨晩の女の子が現れた。未来、彼女の瞳の先に、俺は己の運命に潜む憎しみのイコンと再び対面することになった。

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