さぶりた(丹下 爽)

ライター。日本語講師。国際協力ボランティア。今一番関心があることは発酵。夢は宵越しの金…

さぶりた(丹下 爽)

ライター。日本語講師。国際協力ボランティア。今一番関心があることは発酵。夢は宵越しの金を持つこと。なるべく自分のためだけに生きたい。気になる言葉は自己決定権。好きな朝ドラは『カーネーション』。雪の宿が好きです。

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ある茶色い犬の記憶

春先に夫の家の犬が旅立った。 「19歳と7ヶ月。」 ぽつりと義父が言った。 その言葉には、『どうだ立派なものだろう』という誇らしさが含まれているように思った。年々、…

鯉のぼりのフンドシを仕立てた話

風光る5月。 隣の家で暮らしていた祖父が鬼籍に入り、ちょうど10年になる。 10年前の日記がmixiから発掘されたので、引用したい。 ___________ 話は変わりま…

プリッツというタクトで

「スタッフが美味しくいただきました」 「スタジオも距離をとったうえで、放送します」 「マスクをして接客しますご了承ください」 「マスクがありませんご了承ください…

祖母に聞く80年前の保健のお話①

海外で過ごす初めてのお正月。 ここには餅も蕎麦もないけれど、有難いことに新年はやってきた。 閑話休題。 今、住んでいる地域の公教育には保健や性教育の時間が一切存在…

この線が足に絡む前に

昼下り、家で療養していると急に会議に呼び出された。風邪を押して参加してみれば、賑やかしのパンダ役であった。 この国の学校は校長が複数人いるのが通常らしい。直接教…

イェーイ!起きたらなぜか超絶美肌になっていたので、顛末を書くよー!

「こやつ、何を言っておろう」とお思いでしょうが、拙者とて分からぬのです……。 朝起きたところ突然美肌になっておりました(当社比)。 出勤しようと外へ出ると、井戸…

あの日お巡りさんは、「何かあったら教えてください」と言って、身支度を始めた。

『いじめ対応せず 女児自殺未遂』 ハンバーガーを待ちながら日本のニュースをチェックしていると、こんな見出しが目に留まった。 自殺未遂。じさつ、みすい。意味は分か…

おはようを言う相手はいつだって変なトトロだった

バイクの警報音で、目を覚ました。 二度寝で見た夢は、ひどく嫌な内容だった。 携帯を確認する。 今日もVPNの調子は最悪のようだ。 薄暗い居間のストーブをつける。 サー…

その先の車窓を生きている。

日本を離れ、別の国の山奥で暮らしている。 経済発展が著しいこの国にも、まだまだ狂犬病や風土病が残っている。 だが、それらを診察できる医療は十分に整っているとは言え…

尊厳とゴミ箱

朝、鳥を捨てた。 私の手を離れたそれは、駐車場の片隅にある青いゴミ箱の中にボスンと落ちた。 まな板の上で対峙した時の、閉じた目、ひんやりとした首、脚の感触、教科…

麦はなくとも

コツコツと軽快なブーツの踵。 季節を引き留めるかのように香る金木犀。 秋と冬の間を行ったり来たり。 季節の移ろいを最も感じるのは、やはりマーケット。盛夏の桃や西…

傘をひろげて

異国に揉まれて3カ月。 思っていたよりも自分はポンコツで、 想像力が欠けた人間であると、今更気付いたよ。 気が付けてよかった。 しょんぼり、上手くいかない日、急…

そして はじまる日々に

和田誠さんが亡くなった。 「おっ面白いものが読めそうだぞ」 ーー彼が装丁を手掛けた本は好みのものが多かった。 子どものときに町立図書館で出会ったエッセイ、『三…

打つべし打つべし打つべし!

予防接種の乱れ打ちだ。 ドコドコドコドコ。 ♦ 研修合宿では毎週火曜日、予防接種を受けることになっている。 最近では、同期たちがワクチンソムリエのようになってきた。…

世界地図の次は、国旗を作っている。

150人超との共同生活を始めて、ひと月が経った。 決してイイネが欲しくて掃除機をかけたわけではないが、イイネされるとスルスルっと木に登ってしまう。いよっ、たまやー。…

水場の底からこんにちは

すこし前から男女150人規模の集団生活をしている。 会社の研修のようなもので、語学を主眼に置いた約2カ月間のプログラムだ。 世間は新元号を迎えだようだが、ここにはテレ…

ある茶色い犬の記憶

ある茶色い犬の記憶

春先に夫の家の犬が旅立った。
「19歳と7ヶ月。」
ぽつりと義父が言った。

その言葉には、『どうだ立派なものだろう』という誇らしさが含まれているように思った。年々、足や目が弱っていったものの、夫やその弟妹たちが帰省したときには気丈に振る舞っていたと聞いた。当人(犬)はどういう想いだったかはわからないが、弱っている姿を見せたくなかったのかもしれない。

よく冷えた日だった。
義理の実家の末娘の就職

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鯉のぼりのフンドシを仕立てた話

風光る5月。
隣の家で暮らしていた祖父が鬼籍に入り、ちょうど10年になる。

10年前の日記がmixiから発掘されたので、引用したい。

___________

話は変わりますが、祖父の命のゲージがあとわずかみたいです。
先ほど久々に実家に戻ったので、隣に住んでいる祖父の様子を見に行ってきました。

記憶の中の祖父とは全く異なった祖父がいました。
つい2週間前に病院で会ったばかりなのに、全く印象

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プリッツというタクトで

プリッツというタクトで

「スタッフが美味しくいただきました」

「スタジオも距離をとったうえで、放送します」

「マスクをして接客しますご了承ください」

「マスクがありませんご了承ください」

「正面を向かないように配慮したうえで」

「人の少ない道を通って」

そんな言葉が上から下にどんどん降りてきて

些末な かいらしい日常にもこんな注釈がついて

水飴の中を歩くように

からだに重くまとわりついた無関係なものが

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祖母に聞く80年前の保健のお話①

祖母に聞く80年前の保健のお話①

海外で過ごす初めてのお正月。
ここには餅も蕎麦もないけれど、有難いことに新年はやってきた。

閑話休題。
今、住んでいる地域の公教育には保健や性教育の時間が一切存在しない。
同じ国内でも、都市部では留学経験者の学識を積極的に取り入れ、日本以上に先進的な教育が行われているそうだ。近年後退したと言われる日本での性教育を基準に述べるのも、どうもナンセンスな気がしないでもない。もっとも、何を持って後退とい

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この線が足に絡む前に

この線が足に絡む前に

昼下り、家で療養していると急に会議に呼び出された。風邪を押して参加してみれば、賑やかしのパンダ役であった。

この国の学校は校長が複数人いるのが通常らしい。直接教育に携わる人や、管理側の人など、いろいろである。彼らは年代的なものか、おしなべて訛りが強いのが特徴である。

その席でふとしたことから、ある校長から私の語学を馬鹿にされた。細かいことは聞き取れなくても、そういうのは手に取るようにわかってし

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イェーイ!起きたらなぜか超絶美肌になっていたので、顛末を書くよー!

イェーイ!起きたらなぜか超絶美肌になっていたので、顛末を書くよー!

「こやつ、何を言っておろう」とお思いでしょうが、拙者とて分からぬのです……。

朝起きたところ突然美肌になっておりました(当社比)。
出勤しようと外へ出ると、井戸端会議をしていた知らないご婦人に「あら、お肌綺麗ね~」と話しかけられたほどです。(「だよね!やっぱりそうだよね!?」と言わなかったのが偉いと思います。)

原因は判然としませんが、せっかくなので思い当たる節を書き残そうと思います。

【美

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あの日お巡りさんは、「何かあったら教えてください」と言って、身支度を始めた。

あの日お巡りさんは、「何かあったら教えてください」と言って、身支度を始めた。

『いじめ対応せず 女児自殺未遂』

ハンバーガーを待ちながら日本のニュースをチェックしていると、こんな見出しが目に留まった。

自殺未遂。じさつ、みすい。意味は分かる。でも、なんだかこの言葉では足りない気がした。それは『自分で死ぬ』ということを完遂していません、それには至りませんでした、という意味でしょう。

きっと誰にも存在する〝死にたい夜”。

それを基準にして、「その線を本当に跨いでしまった

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おはようを言う相手はいつだって変なトトロだった

おはようを言う相手はいつだって変なトトロだった

バイクの警報音で、目を覚ました。
二度寝で見た夢は、ひどく嫌な内容だった。

携帯を確認する。
今日もVPNの調子は最悪のようだ。

薄暗い居間のストーブをつける。
サーモスの水筒に茶葉をリンリンと入れて、タンクの湯のボタンを押す。

カーテンの向こうが明るかったので、洗濯機を回す。15分モード。機械のせいか、洗剤のせいかわからないけれど、40分も洗ったら服が傷んでしまうので、いつもそうしている。

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その先の車窓を生きている。

その先の車窓を生きている。

日本を離れ、別の国の山奥で暮らしている。
経済発展が著しいこの国にも、まだまだ狂犬病や風土病が残っている。
だが、それらを診察できる医療は十分に整っているとは言えない。

「最近じゃ、国内のどの都市でも代わり映えがしなくなった」としばしば耳にする。ここに暮らしてみて、それは事実でもあり、また事実ではないと感じる。

わずか10年前、この地域の人々は家に出たネズミを捕まえて食べていた。
茹でて食べる

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尊厳とゴミ箱

尊厳とゴミ箱

朝、鳥を捨てた。
私の手を離れたそれは、駐車場の片隅にある青いゴミ箱の中にボスンと落ちた。

まな板の上で対峙した時の、閉じた目、ひんやりとした首、脚の感触、教科書通りのお腹の中、手についた臭いがありありと思い出された。

何度もマーケットに行って、言葉に苦労しながらも、はじめて入手した鳥。
帰り道、ビニール袋の上部から飛び出した脚。自分にこんな日が来るとは全く想像していなかった。食べるため、生き

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麦はなくとも

麦はなくとも

コツコツと軽快なブーツの踵。
季節を引き留めるかのように香る金木犀。

秋と冬の間を行ったり来たり。

季節の移ろいを最も感じるのは、やはりマーケット。盛夏の桃や西瓜が、梨や蜜柑に変わり、そこに葡萄が加わった。

一瞬だけメロンが顔を出したかと思ったら、今度はプラムやドラゴンフルーツが大きい顔をしている。

初めて見る果物も多い。たとえばゴツゴツとした林檎に似たそれ。
艷やかで真紅で、まるでおまま

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傘をひろげて

傘をひろげて

異国に揉まれて3カ月。

思っていたよりも自分はポンコツで、
想像力が欠けた人間であると、今更気付いたよ。

気が付けてよかった。

しょんぼり、上手くいかない日、急な雨。
前を歩く女の子がそっと傘に入れてくれた。

想像力の足りなさを経験で補えたなら、いつかこんなふうに
上手に傘を差しだせるだろうか。

雨が降ってよかった。

そして はじまる日々に

そして はじまる日々に

和田誠さんが亡くなった。

「おっ面白いものが読めそうだぞ」

ーー彼が装丁を手掛けた本は好みのものが多かった。
子どものときに町立図書館で出会ったエッセイ、『三谷幸喜のありふれた生活』シリーズ。私にとって初めて触れるエッセイだった。夢中になって読んだ。
作中には、作家と和田さんのやりとりが収められることがあり、それがなんともオシャレで憧れたものだった(そして奥様を認識したとき、とてもびっ

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打つべし打つべし打つべし!

打つべし打つべし打つべし!

予防接種の乱れ打ちだ。
ドコドコドコドコ。

研修合宿では毎週火曜日、予防接種を受けることになっている。
最近では、同期たちがワクチンソムリエのようになってきた。

「ほう……これが狂犬病ワクチン……。ここ数年で最高(の腫れ)。」

ボジョレの風よここに。


情報通の同期たちにいたっては、ワクチンの種類に留まらず、製造会社、担当医師などにより痛みの程度を分析し、一喜一憂している。

人に

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世界地図の次は、国旗を作っている。

世界地図の次は、国旗を作っている。

150人超との共同生活を始めて、ひと月が経った。
決してイイネが欲しくて掃除機をかけたわけではないが、イイネされるとスルスルっと木に登ってしまう。いよっ、たまやー。
家事では、家人からイイネされても腹が立つだけなのに対し、なんとも不思議なものである。

研修施設周辺はクマが出没するため、研修生が外出する時間は延々とラジオが流れている。ラジオの音でクマを追い払おうという算段である。

最近では研修

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水場の底からこんにちは

水場の底からこんにちは

すこし前から男女150人規模の集団生活をしている。
会社の研修のようなもので、語学を主眼に置いた約2カ月間のプログラムだ。
世間は新元号を迎えだようだが、ここにはテレビもないし、携帯の電波もあまり入らない。
私は窓から見えるタンポポが黄色から白に変わったな、とか、建物内に侵入してくるカメムシの種類が変わったななどと思いながら過ごしている。
有難いことに個室が与えられているのだが、風呂とトイレは共用

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