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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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愛の封じ手

愛の封じ手

「矢倉がお好きなんですね」
「ええ、まあ……」

 年中矢倉戦法を採用しておいて、嫌いとは言えない。勝率だって悪くはなかったが、私が本当に好きなのは四間飛車だった。振り飛車のさばきに昔から強い憧れを持っていた。囲いだって美濃囲いが堅いと思うし、銀冠は何よりも優れていると思う。

(あの先生のようにさばけたら……)

 華麗なさばきで飛車や角や左桂を自在に操る。守っても粘り強く戦って美濃囲いを維持す

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寝るひまない俺ら

寝るひまない俺ら

「俺最近ちゃんと寝てへんねん」
「俺もそうや」
「横にもならへん」
「俺もやわ」
「俺無茶苦茶忙しいからな」
「俺の方が忙しいわ」

「だいたい立ったまま2、3秒くらいや」
「俺1、2秒くらいや」
「食わなあかん、遊ばなあかん」
「俺仕事もあんねん」

「俺もや。食って寝たら牛になるやろ。起きたらまた人や。俺そんなん嫌やねん」
「俺も嫌や。それやったら起きとく派や」
「俺もそっち派や。誰がわざわざ

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12小説のリフレイン

12小説のリフレイン

「ぱっさぱさするな」
「15グラム」
「ここはプロテインのカテゴリじゃないか」
「強くなりたい人が多いからね」
「違う。僕はもっと色んなところに行きたい」
「だったらおでかけのカテゴリだな」
「そうじゃない。心の旅がしたいんだよ」
「ガジェットじゃないの」
「違う。小説だ!」

「小説? どうせ始まって終わるだけでしょ」
「だから?」
「何になるのかな」
「馬鹿だな。終わるからいいんじゃないか」

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危険な男

危険な男

「ここからは駄目だよ」
「どうして止めるのじゃ?」
「危険ですから、下がってください」
「幾多の危険を越えてここまでやってきた」
「本当に駄目だからね」
「本当に危険なのは、前に進まないことだ」
「立ち入り禁止なんだって!」

チャカチャンチャンチャン♪

「近頃は何も怖くなくなった。落ちた物でも平気で食える」
「駄目だよ」
「無敵じゃ。水の中でも歩けるほどに」
「無理だから。帰ってくださーい」

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冒険寿司

冒険寿司

 私を作っているものについて考えている。
 私は誰といた?
 どこにいた? 何を食べてきた?
 どうして私は私を問うのだろう?
 答えのない問いの中をさまよっていると行き着くところは空腹だ。
 ああ、寿司だ。
 寿司が食べたいぞ。
 お金なんてない。だけど、冒険心が潜らせる暖簾があるのだ。



「へい、いらっしゃい」
 基本のない寿司店だった。
 マグロやハマチなんてありゃしない。
 だから、

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モダン・オーケストラ

モダン・オーケストラ

 指揮者は時が満ちるのを待っていた。
 待つことを忘れた現代人にとって、それはどれだけ長い時間だっただろう。打楽器も弦楽器も物音一つ立てない。奏者はみんな魂を研ぎ澄ますように静止している。
 動くものをとらえることに慣れすぎてしまった。動かないものたちの前には、戸惑いだけが広がって行くようだ。きっと聴き手にとっても心をあけておくための大切な時間に違いない。

(始まったら聴き入ってしまうのだろう)

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5G緊急提言記者会見

5G緊急提言記者会見

「俯瞰的、総合的な観点から見るに、我が国における電話料金は極めて高く、早急な改善を強く要望するものであります。月々の家計から決まって出て行く他のものと比較してみても、これは著しく高いと言わざるを得ない」

「その原因はどの辺りにあるとお考えですか?」

「聞くところによると各社様々なプランを出しておるようですが、グローバルな観点から照らし合わせ、これは一般的には猫だまし、また猫まんま、電撃的には猫

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猫の目の404

猫の目の404

 noteを開こうとする度に、繰り返し問題が発生していた。ジョギングに行き、お風呂に入り、アイスを食べて、改めてアクセスを試みる。時間をずらせば、多くの問題は解決する。
「繰り返し問題が起きたためジャンプします」
 飛ばされた先は庭だった。猫がいる。
(ちょうどよかった)
 404美術館に出展する絵を考えていたところだ。

 猫は動かない。僕はまだ筆を取らない。まだ今ではない。猫はじっとこちらを見

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若者の復活

若者の復活

「地球に帰れない?」
 事情ははっきりとは説明しにくいようだった。アナウンスは次の目的地へと私たちの意識を向けようと努めた。
 火星は常にウェルカムな星だ。そして、いずれは私たちが向かうべき場所ということはわかっていた。それでも私が地球ですごしてきた時間のことを思えば、少なくとも自分は無関係なのではと思っていた。帰らないという現実を簡単に割り切ることは難しい。置いてきた友、約束、絆があまりに多く感

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アプリの庭(アンチ・バイオレンス)

アプリの庭(アンチ・バイオレンス)

「よーし並べ!」
 先生は深刻な顔をしていた。
「今から全員一人ずつビンタしていくぞ!」
 ただならぬ怒りを溜め込んでいる様子だ。それは僕らの日頃の態度に対してかはわからない。僕らは誰一人口を開かなかった。
「本当はな。一軒一軒親御さんに許しを得てからにするのが本筋だ」
 言い訳から入るのが先生の文体だ。それで保険をかけているつもりかもしれない。

「だけど、先生は忙しいんだ!
 だから、もうまと

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生きた仮説

「生きるということは、通りすがりの猫に竹輪をあげるようなものだ。出会うことは幸いかもしれない。でもそのあとは」
「そのあとは」
「君は猫の明日を知ることはない。猫は君の行方を知ることはないのだ」
「だから……」
「出会うが故に抱え込むものがあるということだ」

「わからない。どうして竹輪なの?」
「それは物の喩えじゃないか」
「喩え?」
「トータルで理解してほしい」
「どの道わからないな」

「わ

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