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短編

25
まとまりのない言葉たち。
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#自由詩

後ろ髪

後ろ髪

春が足踏みをしている。

平成が終わるらしい。
新しい元号が発表された四月の頭、
僕たちは新しい道を歩く決意をした。

「元気でね」
とも
「幸せになってね」
とも言わなかった。

なんとなく、もうすぐそこに別れがあったことを僕たちは察していたのだ。

それを恐れて、それより前に僕たちは綺麗な言葉で離れ離れになることを約束した。

左手の薬指には、
彼女が好きな無名ブランドの指環がくすんだ光を反射

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喩

「別れよう」

チェダーチーズの挟まったサンドイッチを頬張りながら彼女はそう言った。

一瞬、内耳でそれが止まったわけだけど
“別れ”を切り出されたことを僕は理解した。

何も言えないまま、緩い時間が過ぎていくのを左手首で感じながらお揃いの指輪を眺めていた。

理由も聞けないままでいると
彼女はサンドイッチを食べきって、おもむろに小説を取り出す。

お皿に落ちた萎れたレタスが僕のようで、
情けない

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トランジット

トランジット

空虚な心の最上階には
漠然とした不安が住み着いていた。

まるで冷え切ったトマト缶をぶちまけたみたいな感情だけ。

赤が散らばって、
酸っぱい匂いが充満する。

専ら、人生は楽しくない。

強かな弱さ、
カビの生えたドーナツの穴。

そんな感じだった。
よく分からないけど、多分そんな感じだった。

“人生とは”、そんなことを考えながら生きる毎日は充実だけが正義みたいだし、丁寧な暮らしとやらは心を殺

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2019年、寒い春。

2019年、寒い春。

踵を潰した。
枯れてゆく花を数えて、
公園の砂場に落ちた寂しいスコップを見つめる。
そんな人生を送っているのが主人公の僕である。

泣き腫らした目と
赤い鼻、
下を向いたまま声を殺していた彼女を
思い出すたびに心がずきずきと痛む。
それでも尚、飄々としながら息をしていた。
なかなか かさぶたにならないこの傷は、
一生治らないんだろうなと、どこかで諦めがついていたのだ。

アイスを買いにコンビニへ

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飽き性

飽き性

彼がお風呂場にもトイレにも携帯を持っていくようになったのが、去年の冬ごろだった。

気にしないようにしようと思っていたけど
気になるし、そんなちいさなことを気にしている自分が嫌いだった。

煙草の銘柄もあれだけ変えなかったくせに、ころっと変わった。それも同じ頃だった。
その時、彼になんとなく聞いたことがある。

「どうして変えたの?」

彼は無愛想な声で答えた。

「飽きたからだよ」

その時、悟

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日向ぼっこ

日向ぼっこ

暑いアスファルトに転がった光が、
夏を飽和させた。

ビルの隙間を生ぬるい風が横切って、彼女の髪を揺らしてみせる。
僕のほうに振り返った彼女の目は赤くなっていて、僕の人生はそこで焦点が合わなくなったのだ。

あれから3年と2ヶ月、それから17日経過。
何一つ変わらないぼやけた人生に君はいない。

「なんかいいことないかな」

それが口癖になってから、失ったものは多くなったと思った。
それに加えて、

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しゅうちゃく

しゅうちゃく

終着した。

ベッドの隅に落ちた情けない姿の下着を履いて、欠伸を1つ。

虚しい朝、シャワーを浴びながら昨夜のことを思い出していた。

彼の左手の薬指に光る指輪を見て見ぬ振りしては、身体を何度も重ねた。
目を瞑る彼が誰を想像してるかなんて考えたくもない。

「先に出るね」

事後、愛を一つも残さずにネクタイを締めながら出ていく彼のシャツには、綺麗にアイロンをかけた跡がついていた。

優しい柔軟剤の

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擦過傷

擦過傷

最終電車に飛び乗った。

行き先なんて決めていない。

残金160円の小銭入れとイヤホン、それから携帯。

どこにも行きたくない一心で
どこかへ向かった。

あの人になりたい、
あの人みたいに愛されたい、
あの人あの人あの人。あの人。

そんなあの人が泣いていたのだ。

衝撃だった。僕の人生はそこで終わった気がした。

失くしたものは1つもない。

でも、手に入れたものも1つもない。

プラスもマ

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潰散、

潰散、

涸渇した。
床には1本120円の発泡酒の空き缶、ちらし、枯れたサボテン。虚しい夕焼け。

「殺してくれよ。」

ゆれる電気の紐に向かってそう言った。
言ってみたのはいいものの、うんともすんとも言わない。

こんな細い紐じゃ首もつることができないなぁ
と考えながら脈をはかる。正常。

水道が止められた。

本当に涸渇してしまった。
僕の人生は終わりだ。
ジャンプに挟まってた宝くじが一等だったとかそん

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腐乱

腐乱

愚弄された人生を送る僕は1番線。
正反対のホームに立つ君はいつもの電車に乗り遅れる。

そんな夢をみた。つまらない夢をみたと思った。

7:32 発車のベルが頭蓋骨を劈き、寝起きの僕を不愉快にさせている。
押し込まれる人、人、ひと。

意味はない、
でもいつも僕はその電車を見送る。

頬ににきびが1つ、赤くなっている。

右耳、断線したイヤホン。
かかとが削れたコンバース。
皺の寄った肩の落ちたシ

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絡、

絡、

冷たい風が頬を掠る。

2018年、僕はまだ子どもだった。

世間は平成最後だと騒いでいたけれど、
僕はそれどころではなかったのだ。

側溝に溜まる腐った落ち葉と言葉、
アスファルトに染みを遺す涙。
どれもこれも邪魔で仕方がなかった。

鼻を赤くしながら恋人を待つ女の子、
急ぎ足で改札を通り抜けるサラリーマン、
鳩にパンをあげる浮浪者、
みんながみんな生きているだけだった。
それでも幸せそうで、

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