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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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#短編

『しょっぱい朝』

『しょっぱい朝』

カーテンの隙間から漏れてくる日はすでに高い。
慌てて起きあがろうとする自分を制する。
今日は土曜日なのよと言い聞かせる。
そうだ、今日は土曜日だ。
そして、私は遅くまで寝ていた。
なぜなら、昨夜は遅かったからだ。

二日酔いの朝はいつもこうだ。
いつも、眩しい光に罪悪感を抱く。
学生の頃からそうだったなと考える。
誰かの部屋に転がり込んで、雑魚寝する。
翌朝、これでもかと照りつける日の下をふらふら

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『いのち喰い』

『いのち喰い』

おい、そこのお若いの。
そう、お前だ。
何をさっきから悩んでいる。
さっさと飛び降りろ。
その金網を乗り越えて、一歩踏み出せばすぐじゃないか。
早く、その命を終わらせてしまえ。

俺か。
俺は、いのち喰いと呼ばれている。
お前のような、命を途中で放り出した奴の命を食っている。
さあ、早く食わせてくれ。お前の命を。

そうだ、せっかくだから教えてやろう。
俺たちは、命なら何でもいいというわけではない

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『少年と花と少女』

『少年と花と少女』

少年は恋をしました。

毎日通る通学路。
その途中に小さな花屋がありました。
その花屋で毎日働いている女の子がいました。
少年よりも少し年上かもしれません。

毎日、花屋の前を通る時に流れてくる素敵な香り。
思わず中を覗き込みます。
すると、花から顔を上げた彼女と目があったのです。

毎日彼女と目を合わすのが楽しみでした。
彼女と目が合わなかった日は、早く寝ました。
早く寝れば、早く次の日になるか

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『寺西くんは嘘つきだ』

『寺西くんは嘘つきだ』

寺西くんは嘘つきです。

白いギターを持っていると自慢していました。
テレビで変なことをすると、土居まさるからもらえるやつです。
でも、あたしは寺西くんがテレビに出ているのを見たことがありません。
みんなでそのことを追求すると、
「本当は黙っとくように言われたんだけど、お父さんが土居まさると知り合いなんだ」
きっと嘘です。

お菓子の缶詰めを持っていると威張っていました。
森永のチョコボールで金の

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『償いの君に』

『償いの君に』

僕たちが出会ったのは新宿の喫茶店だった。

大学に入ったばかりの僕は、先輩と相談して同人誌のメンバーを募集した。
ぴあの欄外に載った小さな告知に君は応募してきたのだ。

当日は確か10人ほどがその喫茶店に集まった。
学生もいたし、社会人もいた。
君があの大学病院で働く女医だと名乗った時には、みんなおっという顔をしていたよ。
お互いに好きな作家とか、詩人とかを紹介してその日は解散した。

その数日後

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『Good Luck』

『Good Luck』

食事を終えて、食器を流し台に運ぶ。
残業が続いている。
妻はとっくに寝ているのだろう。
ソファに座ってテレビをつける。
こんな時間にろくな番組はやっていない。
タブレットを取り出して、明日の予定を確認する。
いくつかの指示を部下に送った後、SNSのアプリを開いた。

 今日は別れた妻と久しぶりに食事をしました。   
 無理を言って会ってもらったんだけれどね。
 でも、驚きましたよ。
 こんなに綺

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『解散式の夜はふけて』

『解散式の夜はふけて』

小林老人は先ほどから感慨深そうに会場を見渡していました。
そうなのです。
今日は、あの少年探偵団の解散式なのです。

小林老人(当時は小林少年でしたが)を中心に結成された少年探偵団は、明智小五郎先生のもとで数々の難事件を解決してきました。
団員達の悪党に立ち向かう姿は、全国の少年少女を魅了しました。
入団希望者も後を絶たず、いっときは団員が1000人を超え、全国各地に支部が作られました。

しかし

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『泪橋』

『泪橋』

妻が孫娘の手を引いている。
時々立ち止まり、孫娘のマフラーを巻き直す。
坂道はまだもう少し続いている。
2人の歩みは遅い。
そして、私はそれよりもさらにゆっくり歩いている。

年明けももう遠く感じる1月の終わり。
風は冷たく、雲は低く垂れ込めたままだ。
遠くの山の辺りは雪かもしれない。
空を覆う雲よりもさらに低く黒い雲が山の頂を飲み込み、少しずつ市街地にも迫っている。

孫娘が振り向いて、早く来い

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『足音』

『足音』

老人は壁に掛かった時計を見た。
早い夕暮れが訪れようとしていた。
テーブルに手をついて、ゆっくり立ち上がる。
北風が窓を鳴らしていた。

その犬も老人と同じように年老いていた。
老人が一歩進めば、犬も一歩進んだ。
首輪の鈴が鳴った。
老人のマフラーが風になびいた。

老人の足音。
犬の足音。
首輪の鈴の音。
規則正しく夕暮れの路地に響いた。

突き当たりの家の前で老人と犬は立ち止まった。
老人は2

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『初夢』

『初夢』

「初夢売ります」
彼は新聞の片隅にその広告を見つけると、すぐ店に向かった。
入院中の妻に、素敵な初夢をプレゼントしたい。

医者から妻の余命を聞かされた時に、仕事は辞めた。
最後まで、そばにいたい。
彼は妻に隠れて毎晩泣いた。
そんな時にこの広告が目に飛び込んできた。
最後の初夢は素敵な夢にしてやりたい。
彼は道を急いだ。白い息を吐きながら急いだ。
残っているお金をすべてつぎ込んでも構わないと思っ

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『お帰りなさい』

『お帰りなさい』

TODOリストをチェックした。
やり残している電話は、ない。
送り忘れているメールも、ない。
返信も全て完了。

デスクの上を片付けた。
出しっぱなしのマーカー。
ボールペン。
付箋。
引き出しの中に放り込んだ。

カレンダーを架け替えた。
パソコンの隅に、雑誌から切り抜いた門松のイラストを貼り付けた。

誰もいないオフィスを見回して、「来年もよろしく」
鍵をかけて、今年最後の家路につく。

暗い

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『希望の歌を』

『希望の歌を』

列車「来年」号は懸命に走り続けていました。
12月31日の深夜0時、1月1日の午前0時に間に合うように。
毎年、その時間ぴったりに引き継ぎをするのです。
「来年」号は「今年」号になって、新たな線路を走り始めます。
「今年」号は「昨年」号になって、車庫に戻ります。
少しでも遅れると、永遠に人々から暦が失われてしまうのです。

「来年」号は走り続けました。
365両の客車を従えて長い線路を走り続けまし

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『矛と盾と、逃げたカラス』

『矛と盾と、逃げたカラス』

中国は楚の国のこと。
ある商人のまわりに人だかりができていた。
「さあ、ご覧なさい、この盾を。これが世界で一番堅い盾だ」
そう言って、商人はその盾を高く掲げた。
「この盾があれば、どんなに鋭いものからも身を守ることができる」
人々はほおーと感心した。
続いて、
「この矛を紹介しよう」
そう言うと、一本の矛を取り出した。
「この先端をよく見なさい。この鋭さ」
商人はその切っ先を人々に突きつけて、ぐる

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『変身、その後』

『変身、その後』

ザムザが最初かどうかはわかりませんよ。

窓口の男は話し始めた。

彼は不幸な結果に終わりましたけどね。
今では珍しいことではありませんよ。
人が虫に変身することなど。
もう、存在がどうのこうのとか難しいことを考えずに、どんどん変身しちゃいますからね。
若い子らは。
変身したかと思えばいつの間にか、また人間に戻っている。
そんなケースも多々確認されていますよ。

それに虫になったからといって何も変

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