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【エッセイ】「いつも楽しませてくれる」
恵方巻だ、立春だと私たちが浮かれていた頃、小澤先生が逝く。
その日が近い未来であることをみんな知っていたのに、やはりこの世がレクイエムとなった。
あの日以来、私のSNSには小澤先生の映像や音楽が溢れ出し、それを無視することができず見入ってしまって、かなり寝不足の日々。それでなくても今月はいつもより数日少ないのにである。
映像で印象的だったのは、サントリーホールで行われた小澤先生の還暦祝賀コ
【エッセイ】美声の人
ゴールデンウィーク前半、私は北海道に帰省していた。生まれた街では、高校の同級生たちが手を広げ、私の帰省を待ってくれていた。『蘭亭、5時半』。主語も述語もない、シンプルなメッセージ。「どこに行く?」でも「何を食べる?」でもなく、突然の『蘭亭、5時半』。これほど楽な人たちもいない。それぞれの置かれた立場でそれぞれに心を配りながら、自分の役割を果たし、日々を過ごしている仲間とのたわいない会話は、これ以上
もっとみる【エッセイ】ナナロク社のこと
2月最初の祝日、私はお気に入りブックカフェでのイベントに参加するため、嬉々として電車に乗っていた。お気に入りブックカフェ『本屋イトマイ』で、お気に入り『ナナロク社の造本展』が開催されていたのである。
ナナロク社をご存じだろうか。
それは2008年創業の小さな出版社でその代表は76年生まれ、主に詩集や歌集、それはそれは素敵な美本を何冊も世に送り出している小さな会社だ。ナナロク社を象徴する一
【エッセイ】ストーリーを紡ぐ
私の手元に、古い日傘がある。
その女性物の日傘は、現代に比べてかなり小ぶりな作りで、骨の数が多い。藍染の木綿の布が貼ってあり、模様が白抜きになっているのだが、あまりの経年劣化で、白色が日に焼けて茶色になっている。持ち手は竹で、こちらも経年により、なんとも言いようのない味を出していた。中棒も、気のせいではなく確実に、若干曲がっている。これは、50年近く前に亡くなった祖母のもので、祖母亡き後、母