見出し画像

【エッセイ】ナナロク社のこと

 2月最初の祝日、私はお気に入りブックカフェでのイベントに参加するため、嬉々として電車に乗っていた。お気に入りブックカフェ『本屋イトマイ』で、お気に入り『ナナロク社の造本展』が開催されていたのである。

 ナナロク社をご存じだろうか。

 それは2008年創業の小さな出版社でその代表は76年生まれ、主に詩集や歌集、それはそれは素敵な美本を何冊も世に送り出している小さな会社だ。ナナロク社を象徴する一番の本は、何といっても谷川俊太郎の詩集「あたしとあなた」だと思う。この本のためには美しい紙が必要と、その紙を作成するところからこの本は始まっている。私はこの本の出版記念トークショーにも参加していたのだが、あまりに美しく常識を超えた工芸品のようなその本に驚かされたことが記憶に新しい。その制作過程の話も実に興味深く、呆れるほどの装丁家の美意識を感じさせた。

 そのナナロク社の造本に関する展示を、お気に入りブックカフェは開催していて、この日はその最初のイベントとして代表の村井光男さんが登壇され、お話会があるという。15名定員の小さな会はあっという間に満員札止めとなっていた。
 村井さんは注目の天才歌人木下龍也さんを伴って登壇された。カフェのファン数人、ナナロク社ファン数人、木下龍也ファン沢山といった構成の15人はすべて女性だった。昨年出版された歌集も、一昨年出版された歌集も、実に装丁の美しい雰囲気のある本なのであるが、その中から歌人は数編を自作朗読された。狭い空間で、みんなが息を止めるように聴き入り、歌人の周りの空気だけがかすかに震えているような時間だった。
 村井さんは自ら世に送り出した愛すべき本について、次々と実に嬉しそうに語っていった。その姿は書き手にとって、良きメンターでありサポーターであり親のようにもみえる。私たち15人は、生み出された本についてはもちろん、代表の様子や書き手との関係性にも大きな感動を覚えた。
 翌週もまた、歌人野村日魚子さんと村井代表のお話会が開催されたが、もちろんあっという間に満席になり、はるばる沖縄からやって来たというファンさえいたのだった。

 村井さんと2人の歌人、そしてこのブックカフェのオーナー。
 私は『静かに行くものは健やかに行く。健やかに行くものは遠くに行く』という言葉を思い出していた。

●随筆同人誌【蕗】掲載。令和5年4月1日発行


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?