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【エッセイ】北海道のキレンゲショウマ

 朝ドラ「らんまん」を楽しみに視聴していた方は少なくないと思う。私もその1人。第20週のタイトルは「キレンゲショウマ」で、私は母の庭でモリモリと繁殖していたその花のことを印象的に思い出していた。

 ある時、茶席に生けられた見慣れない可憐な花に、客人たちは釘付けになったと言う。可愛い可愛いと評判だったそうだ。その日、正客を仰せつかっていた母は、皆を代表してご亭主に質問をした。ご亭主は「キレンゲショウマ」と答えたという。
 その可憐な姿に魅せられた母は、早速それを取り寄せて自宅の庭に植えたのだった。紀伊半島や四国、九州で自生するというアジサイ科のキレンゲショウマは、紫陽花屋敷との別名もあった我が家の土に馴染んだらしく、みるみる株を大きくしていった。北海道ではやはり、珍しいと思う。
 キレンゲショウマの可憐さは花よりもむしろ蕾である。黄色く下向きにまん丸な球形。ポロンポロンと細い茎の先に下向きに付く蕾は、まるで緑の大きな葉をバックに、黄色の音符のように見える。そして、そのまん丸がパンパンに丸になりきると先が割れて釣鐘型に花が咲き出すのだ。
 夏に帰省の折、母に言われてよくキレンゲショウマを切り、あちこち家の内に生けるのは楽しい仕事だった。玄関、床の間、キッチン、トイレの小窓にまで、その黄色の音符はポロンポロンと生けられた。

 さてこのキレンゲショウマは、要潤扮するところの田邊教授の命名であったのだ。人物モデルは植物学者、矢田部良吉。ドラマでは万太郎に対して嫉妬の情を隠しきれない、実にヒールで不運な役どころであった。日本人が初めて日本の植物雑誌で発表した新種がこのキレンゲショウマであり、今は絶滅危惧II種となっている。
 茶席を持つ亭主というのは、お客人をどれほど驚かせるかが醍醐味であり、裏庭でこっそり密かに茶花を育てたりする。決して珍しい花を、茶人同士で分けあったりはしないのである。しかし母は、あっけらかんと人に渡していた。珍しい花を本州から取り寄せては庭で育て、鉢に分けて渡していた。茶人としてはアンビリーバボーな人である。しかし引っ越し先での花たち、なかなかうまく育たなかったとも聞いていた。

 ドラマを見ながら懐かしさのあまり母の茶友にメールをした。するとほどなく「今月はキレンゲショウマを使っています。皆様に、神尾先生からいただいたとお話ししています」と返信を頂く。母のキレンゲショウマは、母が最も信頼する茶友の庭で育ち、また茶席に生けられ、お集まりの皆様の目に映っていたのだった。

 ドラマ第20週はちょうど8月中旬。可憐なその花が初めてテレビに映ったのは、五山の送り火が台風を避け無事に終わったというニュースの流れた、その日であった。

●随筆同人誌【蕗】掲載。令和5年10月1日発行


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