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【エッセイ】化け猫ハリウッドへ行く

 毎秋、新宿区神楽坂で化け猫パレードが開催される。猫の仮装をした数人が裏通りを歩くだけの祭りだったが、今や世界からこの日の為に来日するファンがいるほどの人気の奇祭となっている。
 私も、友人からの声掛けで14年前からこのイベントに携わってきた。なぜここまでの人気イベントとなったのか、その検証はさておき、なんと今年、このパレードがハリウッド映画の撮影に使われる事となった。主演は昨年のオスカー主演男優賞受賞のブレンダン・フレイザー。監督はHIKARI、ハリウッドでオファーの絶えない日本人監督である。
 3月某日、パレード再現の為、猫に化けたエキストラが集められた。私も友人や小さな生徒さんたちに声掛けし、総勢20名のチームでこの撮影に参戦したのだった。
 4歳のりりちゃんは最年少。毎日パレード動画を見ているほどの「パレード好き」ということで参加してもらった。
 撮影は、パレードをする人、それを見ている沿道の人に役分担がなされ何度も繰り返された。リハと本番、俳優を入れてのリハと本番、音声を抜いての撮影……。お昼から日没まで、立ちっぱなし歩きっぱなしの休憩なしで無事終了。そこで泣き出すように雨が降り始めた。雨足は強くなる、疲労は蓄積する。それぞれが家路に急いでいた。新幹線で帰宅の方もいる。
 私も大荷物を抱え、やっと地元の最寄駅まで到着すると、そこで偶然、駅前のバス停ベンチに座るリリちゃんと会った。地面に届かない足を思いっきりぶらんぶらんさせるリリちゃん。想定外のハードスケジュールにねぎらいの言葉をかけたが「全然疲れていない」とブルンブルン首を横に振った。明日ももう1日できるかと聞きたかったが、やめておいた。
「音楽隊の人が、お弁当の時間に練習していたよ」
「大きいねずみさんもいたよ」
「いろいろもらったよ、ほら」
 まるで『手袋を買いに』の子狐のように、小さな左手をポケットから出すとその手には、どなたかからいただいたイタリア製のひと口チョコがのっていた。4歳のりりちゃんはゆっくり、ゆっくりと反芻するように、心の中に落とし込んでいくように、その日見た出来事を話してくれた。それは本当に刺激的で印象的な経験で、染みるように彼女の中に落ちていくのがわかった瞬間だった。
 バスがやってきてリリちゃんは最後部座席にお母様と座り、私はその手前の2人掛けに大荷物と座った。バスが動き出すと、後方から可愛らしい歌が聞こえる。前日、彼女とのレッスンで歌った歌。
 ♪信じられないわぁ〜
        夢じゃない夢〜♪
 アラジンのテーマ『ア・ホールニューワールド〜新しい世界』という歌だった。

●随筆同人誌【蕗】掲載。令和6年7月1日発行

追記…映画【レンタルファミリー】の撮影は5/26、無事にクランクアップ。公開を楽しみに待つばかりとなりました。


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