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【エッセイ】本当の応援

 「カフェは大人の保健室」と疑わない私には、いくつかのお気に入りカフェがある。そのひとつには、昨年のステイホームの開けた5月末に、はじめて訪れた。
 その日は久々に、同じマンションの友人に誘われて、買い物に出掛けた。彼女の車でスーパーをはしごした後、80日ぶり位にカフェに行こうという事になったが、なかなか通常営業している店が無かった。こだわりの強い女子2名は、今更ファミレスやファストフード店でお茶を濁す事はしない。それをする位なら、自宅でひとり、珈琲を淹れるのだ。
 記憶の片隅の「行きたいカフェリスト」の中に、隣町の小さなカフェがあった事を思い出した。早速ハンドルを切る。にわかに雨が降ってきた。やっとたどり着くと、そこにはお洒落な暖簾が出ていて、期待に嬉々としつつ、カラカラと戸を開けた。
 が、ひっそりとした店内。通常営業はしていない。テイクアウトのパンやお惣菜のみであると、店主が申し訳なさそうに言った。外はゲリラ豪雨となっていた事もあって、通常の20倍はガッカリな顔を、不覚にも見せてしまう私。そりゃ仕方ありません。飲食店は、本当に大変なのだと自分に言い聞かせる。こんな時、わがままは敵だ。
 イジメのように雨足の強まった中を、覚悟を決めて駐車場まで走ろうとした私達の背後に、カラカラとまた、戸の開く音がした。
 「あのぉ、お茶と甘いモノですよね」
 そうですそうです。それ以外に一体、何を求めると言うのでありましょう。力いっぱい尻尾を振りながら、私達は再び、店内へ入った。
 言われるままに、店内奥の畳の部屋へあがる。人の淹れたお茶が飲めたら御(おん)の字です。ほどなく、人気のない店内にハーブティーの香りが漂って来た。80日ぶりの人の淹れたお茶は格別。カモミールティーは気持ちを落ち着かせてくれる。そしてしばらくすると、金柑パフェが運ばれて来たのだった。ちぎれんばかりに尾っぽを振りながら、あっという間に完食した。
 満面の笑みで、SNSに宣伝拡散するぅ〜と言った私に、友人は低い声で反対した。
 我々が受けたサービスは、タイミングが重なった故の事であり、万人が受けられないのだからと。万が一、サービスを受けられなかった人から恨まれるような事があれば、逆効果なのだと。そして、我々の気持ちにコレを留め置き、再訪すればよいと。加えて彼女は帰りがけに、高めのパンとお惣菜を買ったのだった。
 小さいながらも堅実に、そして長く商売をしている彼女の、確かな洞察と、EQの高さを再認した。

 本当の応援とは何か。真実の優しさとは何か。今、何が出来るのか。
 新しい日常には、新しい常識もある。ストレスも少なくない日々ではあるが、その中に発見と喜びを見つけながら、息をしていたいと思う。


●随筆同人誌【蕗】348号掲載。令和3年10月1日発行。

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