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エッセイ他

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長めの詩と、物語と、ポエムの延長線上にあるエッセイと。
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#喪失

救済が死にしかなくてもいい

救済が死にしかなくてもいい

 漫画でもアニメでもゲームでも、死によってしか救われないような不憫なキャラクターが好きだ。最終的に「殺してくれ……」とか言い出すような。どう足掻いても報われないタイプの。

 そんな自分の性質を恥じた。自分も含め現実の人間にはもっと救いがなければならない。救いのない人生を好む悪趣味、人の不幸を喜ぶ下劣。

 でも本当にそうだろうかと疑い始める。みんなが幸せであるほうが良い、努力は報われたほが良いけ

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妄想から願望を探る

妄想から願望を探る

 子供の頃から同じような内容の空想を繰り返し描いている。

 主人公は自分自身ではないが、自分を仮託できるキャラクター。舞台や登場人物はその時に気に入っているフィクション作品から借りてくる。

 主人公は愛する者の遺体を抱いている。死の記憶は消し去られ、彼にとって愛する者は生き続けている。既存のキャラクターで言うと『魍魎の匣』の雨宮が近い。愛する者を決して喪わない彼は幸福だ。

 遺体が朽ちようが

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喪失をこれ以上知りたくない

喪失をこれ以上知りたくない

 ずっとペットロスを拗らせていた。今ではマシになったと言えるものの、乗り越えたと言えるようなものではない。死者の思い出を笑って話せる日が来るとはなかなか想像できない。

 ずっとずっと悲嘆している。人格の形成過程で悲嘆を中核に取り込んでしまった。

 八歳の時、三歳の頃から一緒に育った犬が目の前で野犬に噛まれ、手術も虚しく数日後に死んだ。次に来た犬は家の前に撒かれていた毒餌を食べて死んだ。生後一年

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彼の新しい犬

彼の新しい犬

 ケーキボックスみたいな紙の箱の中からキャンキャンと甲高い声が聞こえる。

 片頬を上げて「買ってきちゃった」と言う彼。全身の筋肉が弛緩して重たい泥のように溶けていく。開きかけた口は貝のように閉ざす。抵抗してももう無駄だ。

 箱から取り出したふわふわの子犬を彼は僕の膝に乗せる。君によく似た濃い琥珀色の目と、君に似ていない垂れた耳。覚えのある体温。

 君の定位置だったあの窓辺で、君が寝ていた空色

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いつかの思い出(喪失と幸福について)

いつかの思い出(喪失と幸福について)

 密で柔らかな体毛に覆われた臆病な獣の後頭部を眺めながら、川沿いの道を今日も歩く。夏至に向かう朝の太陽で、被毛の白い部分がハレーションを起こす。

 この子が自分の最後の犬かもしれない。

 そう思った時、わかってしまった。今この瞬間、網膜に映っているこの光景が、いずれ何度となく呼び起こすことになる、幸せな思い出そのものなのだと。あまりの眩さに蒸発してしまいそうなほどの光を放つ、まさにその記憶にな

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ヤドカリの故郷

ヤドカリの故郷

 家の前から煙が見える距離で火事があった。

 外を歩いていると黄色がかった燃え滓が犬の背中に舞い落ちて、つまむと脆く崩れた。誰かの生活の破片を浴びているのだと思った。

 暮らしが突然に壊れてしまった経験は自分にもあるはずなのに、灰色の煙の根元で立ち尽くしているであろう誰かの痛みを感じることはできなかった。

 建物としての家は仮初のものでしかないと、多分心のどこかで思っている。

 住む場所は

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憂鬱な幸福論

憂鬱な幸福論

 幸せとは湖の薄氷の上にあるものだ。

 足元にはいつだって、冷たく深い水の塊が青く青く待ち構えている。

 何気ない不注意が、ちょっとした偶然が、湖の上の氷に亀裂を作る。亀裂が元に戻ることはなく、新しい氷が薄い膜を張って塞ぐだけ。触っただけで崩れてしまうような脆いかさぶたがいつまでも残る。

 水底にはかつて幸せを構成していたものが凍ったように沈んでいる。時々あえて氷を割って、悲しみの色をした水

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