憂鬱な幸福論
幸せとは湖の薄氷の上にあるものだ。
足元にはいつだって、冷たく深い水の塊が青く青く待ち構えている。
何気ない不注意が、ちょっとした偶然が、湖の上の氷に亀裂を作る。亀裂が元に戻ることはなく、新しい氷が薄い膜を張って塞ぐだけ。触っただけで崩れてしまうような脆いかさぶたがいつまでも残る。
水底にはかつて幸せを構成していたものが凍ったように沈んでいる。時々あえて氷を割って、悲しみの色をした水のフィルター越しに、時の止まった水底を眺める。それは甘やかな病癖であって、陸にあるものを忘れさせる。
上を向いて生きようとしたって、下にあるものを忘れることはできない。
だから亀裂に釣り糸を垂らして、失った幸せの欠片を喰って太った魚を釣り上げる。
悲しみの魚を殺して、焼いて、噛み砕いて、そうしてまた一日、薄氷の上の幸せを生きる。
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