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相対するものの受容の難しさに見えたこと
「家族葬」を取り巻くプライベートとパブリックな人間関係個人がますますプライバシーを重視し、また、これを権利とし、さらにこの権利を商売道具として売り買いされる社会。
いわゆる「家族葬」という葬儀形態が一般化してきた流れとは、まさに個人がプライバシーを重視するようになった流れにおいて”ごく自然に生まれた”ものと捉えるべきなのでしょう。
かたや葬儀がこうして個人や家族の極々プライバシーなものとして完
人を死に至らしめるウイルスのこと
2020年が終わる前にいつか落ち着いたら書こうなんて思っていたけれど、まったく、落ち着くばかりか明日(大晦日)には東京をはじめ全国で過去最高の感染者数を記録するような勢いで増え続けているので、とりあえず大晦日イブの今日、少し心の内を吐き出しておこうと思います。
いちばん伝えたいことこの流行のウイルスについて、もっとも恐れるべきことは何なのでしょうか。
感染力でしょうか。
いや、誰がなんと言おうと
「今」を大事に生きること
「でも、今の私は80歳を超えていて、この先そんなに長く生きる年齢ではない。寿命がすぐそこに見えているという事実が、私を冷静にさせました」
先日、10月28日にご逝去された女優・八千草薫さんの手記に書かれていたという言葉です。(『文藝春秋』2019年8月号)
貼り付けたURLの文春オンラインから読むことができるのでぜひ全文を。
私のこの記事のタイトルにも引用させて頂いている「今」を大事に生きるこ
自分が葬祭関係の仕事に関わっているのに、いざ身近な人が亡くなると、どんな風に気持ちを整理すべきかがわからない。仕事とそれとは違うことなんだ。と、自分の頭を整理してみる。ただ、あの時会っておけば…みたいな後悔の念が押し寄せてくる。死を満足に迎えられないのは当の本人だけではない。
もしも死んだ人と会えるなら
最近悲しい交通事故のニュースに胸が痛んでいます。。
もしも我が子が、もしも妻が…
なんて、昨日今日は仕事が休みだったから、子供達を見送りながら無事にまた帰ってくることを祈ってみたりなんかして。
さて、ツイッターのタイムラインをスクロールしてたらこんな番組のリンクが貼られたツイートを見つけました。
(観たかったな…)
NHK『復活の日〜もしも死んだ人と会えるなら〜』
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