話し方の語尾をこういう風にしたほうがいいんじゃないかとか、そんなことばっかり気にしてる人がいるけど、大事なのは話の中身です。 話をどう評価してどう活用するかは受け手自身の問題なので、発信者側でどうこう考えるのはあまり意味がないのですよ。
【聞くと聴く】 この違いわかりますか?漢字をよく見てください。「聞く」は耳だけ、「聴く」は耳以外に目や心が入っています。そう、聴くとは単に耳からだけでなく、目や心も動員して相手の意識や感覚に集中すること。ハードルは高いです。でも聞き手の態度の違いは話し手からはよく見えるものです!
コミニュケーションは本質的にはシンプルなものなんだよね。 話し手と聞き手。 この2つで成り立つもの。 そこに、いろいろな感情などが入ってくることが、複雑にしていくのかも知れない。
なぜ人々はコミュニケーション(伝達)するのだろうか。①新しくて価値があると思うから。②事実を確認したいから。③自分を肯定してもらいたいから。④自分を表現して発散したいから。⑤(嘘だとわかっていても)面白いから。⑥人間関係を維持したいから。⑦人をだましたいから。
流言(噂の大規模版)はコミュニケーション連鎖をしていく中でどのように変わるのだろうか。3ステップある。①人々が信じやすいように体系化していく。②人々が面白がるように過激化していく。③不要な要素が切り捨てられる。 流言が広がるには①の「信じさせる力」と②の「伝えさせる力」が必要だ
流言(噂の大規模版)を広げる心理には3パターンある。①安心から不安になったので発散する。②安心から飽きがきたので発散する。③安心から飽きが来たので、わざと不安になって発散する。
流言(噂の大規模版)には4種類存在する。①話し手も聞き手も本当だと思う信言。②話し手が本当だと思い、聞き手が嘘だと思う異言。③話し手が嘘だと思い、聞き手が本当だと思う偽事(いつわりごと)。④話し手も聞き手も嘘だと思う戯事(たわむれごと)。この中で信言が最も広まりやすい。
人が信じる条件とはなんなのだろうか。①自分の言っていることと相手が言っていることが合致している状況(状況の真理性)。②相手が真面目な態度で話している(態度の誠実性)。③内容の発言者に威厳がある(権威の正当性)。これらの条件がそろっていると人は信じやすい。
ここ最近、人に話しすぎてしまうことに反省。自分がバーっと話した後に相手が黙ってしまい、気まずい間が開くと「やってしまった」ってなる。難しいなぁ。いつもは、聞き手にまわることが多いけど、話し手にはできるだけそんな気まずい間が開かないように努めている。話し手には話し手にも必要ね。