避難民

皆にとって、陽はまた昇っているのか?

この数字を見て、個人的にびっくりしていたので、深い考察は特にありませんが、投稿しておきたいと思います。

米ブラウン大学の研究によると、米国同時多発テロ(9.11)以来、アメリカが関わった戦争などで、本国や元々住んでいたところを離れざる終えなかった人々が(少なく見積もって)3700万人いらっしゃるそうで、その数は75年以上前の第二次世界大戦時と同じぐらいの数、とのこと。主に2000年代前半の、アフ

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ヤッホー!ありがとうございます😊
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☆やれるなら、やろう★

カタルヘナにある避難民の方々の施設を訪問させて頂いたときのこと。
付近では紛争などもあった地域だった。

そこの施設の女性の会長さんが発した「女性にも権利があるということを知らなかった」という言葉が印象的且つ衝撃的だった。

自分の意思で自由に選択、行動ができる日本に住んでいる自分。
でも自分の思った行動、やりたい行動をしなかったときもある。それは今でもそうなのかもしれない。

会長さんの言葉を聴

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ありがとうございます☆★
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長いかくれんぼ - お兄ちゃんにあいたい

ある日、さっきまで庭で遊んでいたはずのお兄ちゃんがいなくなりました。

大きな声で「お兄ちゃん」と呼びましたが、返事はありませんでした。

私は大変なことになったと思いました。お母さんに知らせたところ、顔色がみるみる変わりました。

私たち家族7人は、一晩中お兄ちゃんを探し続けました。でも見つかりませんでした。

次の日も、また次の日も、私たちはお兄ちゃんを探し続けました。

道で出会う人、近所の

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このご縁に感謝です!
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「人を描けば心が動く」古居みずえさん(フォト・ジャーナリスト)

紛争下のパレスチナやイスラエルに通い、女性や子どもたちを追い続けるフォト・ジャーナリストの古居みずえさん。2011年からは、福島県飯舘村に通い、ドキュメンタリー映画『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』を制作した。紛争地、そして、原発事故の被災地をつぶさに見てきた古居さんにお話をうかがった。

DEAR News191号(2019年4月/定価500円)の「ひと」コーナー掲載記事です。DEAR会員には

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スタディーノート10 未遂

(かつて15世紀から17世紀初頭まで勃興していたアラカン王国。仏教徒の王とムスリムの家臣がおり、コンバウン朝に滅ぼされた後からロヒンギャムスリムの冷遇される時代が始まった。
そして現在に至るまでそれは続いている かつて同じ町で暮らしていたアラカン人たちはロヒンギャを外国人として見なしているのが現状である)

ミャウー郊外にあるロヒンギャの村々を延々に訪ねた。ハイウェイとは名ばかりのアスファルトを一

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🇨🇴ここ「最近、学校の近くでベネズエラ避難民の強盗団が出没してて、狙われてるから絶対独りで歩いちゃダメだからね、バス使いなよ!」と、生徒が写真を見せて教えてくれたり。腰をさすっていたら、揉んでくれたり。実習で作った料理、持ってきてくれたり。そんな生徒たちのやさしさが沁みる😭

Merci🇫🇷
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🇯🇵桑山さんと地球のステージ🌍

桑山さんと初めて出逢ったのは16年前、、、

ちょうど映画の上映を控えていて、県内を宣伝で走り回っていた、、、📽

そんな時に、ちょうど「地球のステージ」の公演を宣伝している方々と出逢った、、、

で、一緒に宣伝しちゃえ〜みたいな流れだった気がする😅

予定では、こちらの映画上映が先の2週間の予定で、その2週間後くらいに「地球のステージ」の公演がある予定だった、、、

しかし、こちらの映画がロ

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شكرا لك🇯🇴
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まいぶーむ

日本のラジオパーソナリティーをしている友人から電話がかかってきて、、、

コロンビアでそのラジオを聞くようになった。

で、生まれて初めてラジオにメッセージを送った、、、

かれこれ、何度か送らせて頂いているのだが、、、

ふと。

ん?

これ、なんか、お題を頂いて、発信してる見たいだな、と、、、

と、いうことで、、、

勝手に、ここでも、これから共有していこう、かと、、、

というか、最初の

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감사🇰🇷
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日常

避難生活のなかで、一つ大切なこと。

自分たちの”日常”をどう取り戻すか。

イラク北部、とあるキャンプで、パンを作る女性。

避難生活のなかで、かつて営んでいた”日常”を取り戻すことが、希望を紡ぐ、ひとつの方法になれば。

2017年 3月

読んでいただき、どうもありがとうございます!
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今も故郷に帰れない富岡町民に聞く:6年以上 何も変わらない 知らぬ間に自宅は壊され政治家もマスコミも被災者を黙殺 事故直後より今の方が怒りが湧いてきた


 前回の本欄で、福島第一原発事故による放射能汚染でできた「立入禁止区域」と「帰還可能区域」で街が分断された福島県・富岡町の2017年10月の姿を写真で報告した。

 では、その立入禁止境界線の向こう側に家があり、今も帰れないままの人たちは、どうしているのか。どこに住み、どんな暮らしをしているのか。何を感じ、何を考えているのか。それを今回は報告する。

 私が話を聞きに行ったのは、富岡町のJR夜ノ

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ありがとうございます!これからもご愛読をよろしくお願いします
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