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パレスチナ人の思い出

二週間くらい前のこと。しばらく心が「ざわざわ」しているなあと感じていました。

ヨルダンに住んでいた二十年前の写真を急に見たい気がして引っ張り出し、キング・フセイン・ブリッジという国境を越えてイェルサレムに行った時の写真も含めてながめていたら、心臓がドキドキし、胸が苦しいような感じになりました。

中東で起きていることが「ざわざわ」の理由の一つだということが自分にはっきりと分かった瞬間でした。

時をほぼ同じくして咳風邪をひき、しばらく喉の調子をわるくしていたのですが、心のざわざわとともに喉に何かつっかえているような感覚があることも無関係でないなと感じていました。

中東に住んでいた、ヨルダンでパレスチナに関係の深い人々と共に仕事した、パレスチナ人と呼ばれる人々の苦悩のほんの一端ではあるけれども触れたことがある、ということで、何かを言って発信するべきではないのか、そういうプレッシャーを自分で勝手に感じていたからなのです。でも、何をどんな風に言ったり書いたりしても、本当に言いたいことはきっと伝わらないだろう、それどころか、むしろ意図しない文脈で捉えられることになるだろう、そういう「堂々巡り」が喉につっかえているものの正体でした。

同じ頃から、セフルケア、セルフカインドネス、といったキーワードを思い出したり、シンクロ的に目に飛び込んできてくれたりしたのは偶然ではなく、心がざわざわしている自分をもっと大目に見ていいんだよ、というメッセージだったんだなあと感じました。そして、中東のことは、私個人にとっての当地について書くだけでいい、そういう気持ちになりました。

パレスチナ人、と聞いて思い出すこと。

2003年春、いわゆる有志連合諸国がイラクを攻撃したことによって、イラクに住む人々がヨルダンに逃れてくるだろう、ということで、前年から国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のヨルダン事務所に勤務していた私も、イラクとの国境ノーマンズランド(中間地帯)へと出張することになりました。

砂嵐が吹くと一歩先も見えなくなる、ピンク色の砂と埃の世界。「火星に来たみたいだなあ」と、火星には行ったことがないにもかかわらず、思っている自分がいました。

最初の数日は何も起こらず、「一体どうなってるんだ?どうして誰も逃れてこないんだ?」という疑問がスタッフの脳裏をよぎっていました。

そして、ようやく国境地帯にあらわれた避難民の車が、ヨルダン側の国境検問職員によってイラク側に追い返されるという事が起きました。首都にいる上司からは電話で「ノンルフールマンの原則について話しなさい!」などと言われましたが、そんな机上の原則が国境検問職員の目先の職務を前にしては何の意味もなさないのだということを肌で感じました。

そうしているうちに初めはポツポツと、次第に大勢、イラクからヨルダンに向かって出国してくる人たちの多くはイラク人ではなく、いわゆる第三国の人々(イラク国籍でもなく、ヨルダン国籍でもない、別の国の国籍の人々)であることが分かりました。そしてそのうちの多くが「パレスチナ人」の方々だったのです。

ヨルダンが彼らを受け入れることを拒んだため、ノーマンズランドに一時的にテントを設置することになりました。そこで過ごすことになった最初の家族の女性のことを今でも良く覚えています。春先の砂漠は冷え込んでいましたが、彼女は素足で立っていました。その立ち姿が今でもはっきりと思い浮かびます。ヨルダン内に国境を越えていくことを許されず、砂漠のテントで過ごさなければならなくなったことが大変申し訳なく、文句を言われるかな、と思ったのです。ところがこの女性は、「ここまでしてくれて本当にどうもありがとう。」と言ってくれたのです。あの時に自分が感じた、本当に申し訳なく、惨めで、無力感でいっぱいの、切ない気持ちをはっきりと覚えています。

彼らがこのイラクとの国境近くのヨルダン側にあるルウェイシェッド砂漠地帯に設置された「避難民キャンプ」でその後何年も過ごすことになるとは、その時、誰も夢にも思わなかったと思います。

一時的のはずだったキャンプが何週間、何ヶ月と続いていきました。ヨルダン国王との面会やあらゆる手段を試みていた当時のUNHCRの代表が、スタッフとのミーティングで「パレスチナの人々の苦しみを知り抜いているヨルダンや周辺中東諸国が彼らを受け入れないのは一体どういうわけなんだろう」と、ヨルダン人ナショナルスタッフに向かって、心底分からない、という面持ちでたずねかけていたのを、私も深い同意をもって聞いていました。

ルウェイシェッドのキャンプが閉じられたのは、それから四年半後のことでした。

Jordan's Ruweished camp empty as last family leaves


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