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寅さんと昭和の光と闇と...『男はつらいよ お帰り 寅さん』

私はずっと寅さんが苦手だった。

寅さんはずっと「健全な=ニセモノの大人の世界」の象徴であったのだ。

私の様な繊細な昭和の子供にとって、
「健全な」家族、親族、地域コミュニティは「抑圧装置」であった。

寅さんに代表される「幸せな大人同士の健全な会話」が繰り広げられたあと、
現実世界では本人が居なくなると必ず「ディスり合い」が始まるのだ。

「あれが誰に金借りた」だの「あそこの娘の旦那が働かないで暴力振るう」だの「あそこんちはか○ぼーだから」だの「あそこの息子が首吊った」だの、ドロドロ、おどろおどろしい「昭和の闇」がすぐ裏側にあった。

大人の「表の顔」と「裏の顔」、幸せそうなコミュニティに潜む闇、親戚同士の泥仕合、、、

私の知る「昭和の家族、親族、コミュニティ」は「光と闇のリアリズム」であり、
寅さんの「明るさ」には子供心に強迫観念的な不自然を感じていた。

後年、「光と闇のリアリズム」の映画を発見して歓喜したのが、黒澤明監督の『どですかでん』と川島雄三監督の『青べか物語』であった、どちらも山本周五郎原作である。

『青べか物語』川島雄三監督

この二本の映画には「凡庸な生活を営む庶民の光と闇」が濃厚に描かれており、そこから溢れ出る「ブルース」に心を揺さぶられたのである。

「近親相姦」「スワッピング」「浮気」「精神疾患」「妻殺し(これは『赤ひげ』笑)」「DV」「乞食の親子」「水上生活者」、、、

これらの「闇」は、眩しい「光」と同じテンションで描かれ、
その善悪渾然一体のグルーヴは人生の味わい、
立川談志師匠いうところの「人間の業」として黒光りしていた。

「落語は”人間の業の肯定”である」

上記の二本の映画は、
やっとリアルな「昭和の家族、親族、コミュニティ」の「光と闇」を映し出していた。

その意味で、寅さんは全く闇の無い「おとぎ話」であったのであり、その「健全さ」にある種の恐怖を感じていたのた。

そんな寅さん映画は「前近代の日本」にファンタジーを抱いている方々(都市型プチブル・インテリ層)にはジャストフィットするであろう。
「家族、コミュニティ、万歳!」
と。

また、
当事の昭和の大人たちは寅さんを観て、
自分たちの「健全な」な「家族」とか「コミュニティ」とかいう
「幸せ幻想」を固めて行ったのだろう。

「ほーら、オレたち幸せだよな!?」と。

しかし、気がついたらその「おとぎ話」も現代の日本から消えてしまった。

『どですかでん』『青べか物語』派の私にとっても、
「昭和の幸せファンタジー」が完全に消えてしまったことは哀しい出来事であった。

「おとぎ話」が消えたということは、
現代の現実に生きている人間が拠り所にする「物語」が無いということだ。

今の現代社会のマジョリティの皆さんは
「健全な」家族、親族、コミュニティが無くなった世界に生きている。
そんな世界には「生きづらさ」なんてぇものが蔓延している。

家族、親族、コミュニティ、、、
そのような「神話」は「社会」に必要なのである。
この世界に「宗教」が必要とされるように。

昨今、安っぽさ極まりない「絆」とか「つながり」とか「寄り添う」いう言葉にみんなすがりついているが、
その言葉の薄ら寒さに現代社会に生きる方々の深層心理は気が付いているのだろう。

そして「神よ、お助けください!!!」とばかりに、

この度、寅さんが墓場から掘り起こされてきたのである。

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と、映画を観る前に書いたのだが、
鑑賞後の結果は「無残」であった。

寅さんを墓場から掘り起こしてきたくらいでは何の解決にならないほど、
21世紀の令和はドン詰まっているようだ。

時々挿入される過去の寅さん素っ頓狂な明るさが、逆に現在の息苦しさを際立たせている。

楽しい時間は終わり、
現実の世界はお先真っ暗で夢め希望も無い、
という「今」を山田洋二監督は極めてリアルに描いてしまった(狙ったのか、狙ってないのかは分からないが)。

お陰で、なんとも「後味の悪いリアリズム映画」になってしまった。

昭和の「明るい夢物語」が最後は令和のダークサイドに堕ちてしまったのだ。

これじゃまるで、夢いっぱい幸せいっぱいの『トム・ソーヤーの冒険』を描きながら、晩年は厭世観丸出しのペシミズムへと至ったマーク・トゥエインである。

真っ暗な気分で映画館を出た。

完。

PS
これなら、大林宣彦監督『異人たちとの夏』みたいに、
普通に幽霊寅さんが現代に蘇って来たストーリーの方が遥かにマシだった。

マーク・トゥウェイン『人間とは何か』



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